とりあえず、旅をするにあたってパートナーが必要だと思った。
アスカはあの後、勝手にLCLに溶けてしまい、駄目だ。
綾波は巨大化したままだし、他の人も融けあったのが嬉しくて帰ってきていない。
だから、昔からの唯一のパートナーを呼び出した。
言うまでも無く初号機だ。
月を越えたあたりを漂っていたのだが、ディラックの海を介して召喚した。
完全に覚醒した母さんが何やら暴れていたが、1人だけ抜け出すのはズルイと思ったので同じくLCLに溶け込んでもらった。
まあ、根性があれば復活して文句を言うだろう。
ただ、直接シンクロしながらドスドスと1年くらい歩いていたのだが、どうにも暇だった。
いくらS2機関が無限だからって、精神的な疲労までは回復してくれない。
世界観光をしても、どこもかしこも赤い風景じゃさすがに飽きる。図書館、ゲーセン(初号機から電源をつないだ)、軍施設、観光名所、遊園地(ゲーセンと同じく)、だが、基本的に1人では退屈なのだ。
どんなに活動範囲が狭まっても、話し相手は欲しいものだ。
もうエヴァで体育座りしながら北極のオーロラを独り眺めている生活はイヤなのだ。
ゼーレの怪しい施設を見つけたのはそんな時だ。専門用語の多さを嘆きながら解読を進め、いくつかの怪しい呪法を2年がかりで体得した。
初号機を中心に怪しげな法陣を書き、怪しげな呪文を唱え、怪しげな身振りと共に怪しげな発動呪文を唱えると、中身が消えて紫色の拘束具がガラガラと崩れ出した。
その中心に12・3歳の子どもがいた。
成功だ。
「やあ」
僕は声を掛けた。
相手は閉じていた目を非常にゆっくりと開き、こちらを見つめた。
赤い瞳が印象的だ。
「…………」
相手は無言だった。
「えーと……」
僕はどうして良いか分からなかったので、相手の目を見た。
『動物の正しい飼い方』という本で、一度目を合わせたら向こうが逸らすまで見続けましょう、とあったからだ。こちらを下と思うか攻撃されるらしい。
別に初号機が動物と言うつもりは無いけれど、どうにも敵意満々だったし、今にもATブレードで切りつけそうな雰囲気だった。
見た目としてはかわいい部類に入るし、青みがかったロングストレートの髪、大きくてツリ目気味な赤い目もいい感じだ。ただ、真っ裸の白い身体からは戦意が満ち、中腰気味にいつでも攻撃に移れるようにと、その四肢から力が溢れていた。
まさに野生動物! こちらにカケラも気を許していない。それどころか、どーやって取って喰おう、ってな感じだ。
初号機(仮にこう命名する)はゆっくりと口を開いて、初めての言葉を発した。
「やあ……」
ちょっと言葉を失った。
残るもの 残されるもの 第1話
はじめてのご挨拶
「お前はイカリシンジか?」
「いかにも、僕は碇シンジだ」
「質問に答えろ」
「何でしょう」
年下の子どもの、脅迫まがいな問い掛けはなかなか新鮮だった。
なにせこの3年、独り言しか呟いていない。
「何故、あのようなことをした」
「あのような、って?」
「決まっている」
問い掛けには怨嗟が渦巻いている気がした。
恨み骨髄、3代祟ってやるとその目が言っていた。
「エベレストに2時間で登頂! マリアナ海溝には3日間潜り続け、その後、万里の長城を分単位で走破! グランドキャニオンを走り幅跳びし。ユーラシア大陸横断・南北アメリカ縦断を2泊3日で、とは何の冗談でしたァ!!!」
「あーあー、僕、泳げないから、太平洋を泳ぎきった時には感動に震えたなぁ」
今となっては懐かしい思い出だ。
初号機はワナワナと震え始めた。
「しかも! その全てを痛覚神経だけを器用に切断した状態でだぞ!! 寒いのだぞ!? 苦しいのだぞ!? お前が宇宙空間で『やあ、絶景かな』とやっている間、わたしがどのような状態だったか分かっていたのか!? あの世界最高峰の寒さ! 深海の底で圧壊から復元を続ける痛み! お前も味わってみるがいい!!」
初号機の瞳が輝き、ATフィールドがとんでもない速度で僕に迫る。
瞬時に僕の周りだけ中和したけど、後ろで何かが吹き飛んだ音が響いた。まあ、山の一つくらいは圧縮しただろう。
僕以外の場所もいい感じで吹き飛んでいる、なんか台風一過な感じだ。
「えーと、まあ、落ち着いて、ね」
「落ち着けるか! このたわけっ!!」
今度はATブレードの百花繚乱、目で追えない速度で動き回りながら。
「いや、フィールド張り忘れたのは悪いとは思うけど・・」
「悪いで済ませるな!! ボケ!!!」
ブレードは中和できるけど、肉弾戦となるとそうはいかない、うまく力を逸らしてやらないとあっという間に肉塊だ。
初号機の力任せの打撃、それを一本背負いで投げる、が、何とフィールドを足場に空中で留まった。投げている最中、真上で止まったのでコチラの体制は崩れる、ヤバイと思った瞬間には初号機の腕を基点に身体をひねった。目から殺意をみなぎらせ、銃弾のような両足が通り過ぎる、白いライフル弾が地面にクレーターを作った。
続けてATブレードで周りを切り裂いているが、その時にはもう離脱していた。
「理由があるんだよー!」
後ろのかなり遠い所から声を掛ける。
初号機はピタリと動きを止めてくれた。
「何だ」
右手に圧倒的な量の力を溜め込んでいるのが分かる。答えによっては躊躇なく放ってくるのだろう。とっても冷徹(冷静にあらず)だ。
「うん、僕はいろんな所に行きたかったんだ」
「……それで?」
「だから限界はどの辺に有るのか耐久テストを―」
「殺!!!」
ぎゅいぃぃぃぃん!!!! と空間を軋ませ、閃光と共に巨大な『空白』が、僕を中心に出現した。
その場にいたら僕でも消去されていただろう、何せ全てを『消した』のだ。原子の繋がりからATブレードの嵐で消し去るとんでもない攻撃だ。
――まあ、当たらないけど。
「まったく、ひどいなぁ」
ぬぽん、とディラックの海から身体を出しながら、僕はぼやいた。
通常空間でどんなに早く動いても、あの範囲の攻撃は避けきれなかったろう。攻撃の瞬間、別空間に逃げることで退避したのだ。
ちなみに出現地点は初号機前の中空、下手に地面から出ると刈られてしまう。
「今の攻撃は直撃したら怪我してたよ、怪我したら痛いんだよ?」
「殺すつもりの無い攻撃はしない、そして、お前はその程度の苦痛は得るべきだ。わたしの精神安定のために!!」
「僕の命って安いなぁ、でも・・」
僕は口もとに失笑を作った。目は、明らかに各下の者を見る嘲りの目付きだ。
唐突に変わった僕の雰囲気に、初号機は豪雨のようなATブレードを殺意も鋭く投げつけた。
僕は空中に立ち、それらをただ中和していた。
力の差が歴然としていることを示す為に。
初号機の顔がさらに険しくなる。
「まさか勝てると思っているの? たかが使徒のコピーの分際で?」
出来るだけいやらしく、要所要所にアクセントを付けて言ってやった。
「!! キサマぁ!」
「なにか勘違いしているみたいだけど、以前、使徒たちに勝てたのは、初号機たる君の力とリリンたる僕ら2人分の力。つまりは3人分の力が在ったからだよ? お互いの潜在能力を最大限に発揮できた昔と違って、今の君に技は有っても力は無い」
冷笑しながら言ってやる。
――ちなみに大嘘だ。
拘束具、人の意識、エントリープラグなどのもろもろの機械。これらを付けられて全力を出せるはずも無い。暴走と呼ばれる状態ですら『人の本能の暴走』であって、『初号機の全力』ではない。
その状態で使徒たちに勝てたのは、単にコピー元であるリリス・アダムが強力であっただけだ。てーか、南極大陸が蒸発する攻撃、そんなのを受けたら第三新東京市どころか日本が壊滅していた。
一連の行動は、全て初号機の心を揺さぶるためだ。
「来いよ、偽者・模造品。オリジナルには一生、勝てないって教えてあげるよ」
人類が滅亡したためか、今の僕は第18使徒リリンとして覚醒している。この地球上、たった1人の『生きている』人間として負ける訳にはいかない。なんていうか主人として、権勢症候群はいただけないのだ。
初号機はもはや声も無く、歯を剥き出しにしてこちらに迫る。
力が無いとからかった為か、とても正直に突っ込んで来た。
斜め上に浮かんでいる僕からは、初号機が鉈ように空気を切り裂く様が見て取れた。
(戦いの駆け引き、精神修養がなってないなー)
そんなことを思った。
初号機は怒り狂いながらこちらへと跳んだ。
音すらついて行けないその速度に、僕はただ、右から左へと手を振ることで対処した。それぐらいしか、このスピードを相手では出来ることが無い。
そして、初号機は予想通り、僕の作ったディラックの海に頭から突っ込んだ。
ロケットのような勢いで来たので声も上げられなかった。てーか、あんな勢いで来れば、方向転換もカウンターの対応も出来ないことに気が付かなかったのだろうか?
「うーん、たんじゅんたんじゅん♪」
SFアニメのワープのやうだ。とか思いながら掌大の穴を開ける。
そこから、ぬぽっ、と勢いよく初号機の頭だけが突き出た。プールから出たごとく、ぷぅ、と一息つき。
ものも言わずに光線を放つ。
見上げた闘争心だ。
僕は両目からの光線をATフィールドで角度をつけて逸らした。地面がとんでもない轟音を発した。瞬時に大地の7地層ほどが成層圏まで巻き上げられる。
びょうびゅお、烈風が結界を切りつけているのが分かる。
次の行動に移る前に僕は言った。
「『閉じる』よ?」
「…………」
にっこりと笑顔で言ったのだが、初号機はお気に召さなかったようだ。
まるで僕が極悪人であるかのように睨んでくる。だが行動には移さない。
この状態からディラックの海を閉じればどうなるのか、それを判断するくらいの冷静さはあるようだ。
カヲル君、懐かしいな。
「うん、いいこいいこ」
「…………」
頭をなでなでしてあげるが、これも気に入らないらしい。
噛みつかないのが不思議なほど目に殺意が篭っている。
「あ、そうだ。君の名前はこれからポチね」
「断る」
「なんでさ、古きよきスタンダードじゃないか、基本は大切だよ?」
「何故、日本犬のスタンダードの必要がある」
「ん?」
「……その、心底不思議そうな表情はなんだ」
「じゃあ、タマでいい?」
「キサマ! わたしをどのように思っているのだ!!」
「愛玩動物」
きっぱりと断言した。
「より正確に言うなら、なんの役にも立たないけれど、僕の心を慰めるだけの存在」
タマ(仮名)の額に面白いくらい青筋が立っていた。
自暴自棄になられても困るので、一応、聞いた。
「なら、なにか希望はある? 今なら応じるよ」
タマ(心の中で半確定)は引きつった笑いを浮かべながら言った。
「……わたしの身体を今すぐ出せ、わたしの誇りに賭けて、種の尊厳を賭けてキサマを消し去る! 肉片も残してなるものか、キサマの歩いた痕跡、キサマが生存した証、キサマの呼吸した空気の全てまでも破壊しつくしてくれよう」
「怖いこというなぁ、そんなこと言われて出したいと思う人はいないよ。それと痕跡も証も空気量も、タマが一番関係しているよ?」
「その名で呼ぶな! ならばこの身体を今すぐ破壊しきって――」
「だめ」
僕はすばやく言った。
「それだけは、だめ」
両頬にやさしく手を添え、目を見つめ、
「他のこと、大抵は許すけど、タマが傷つくのだけは、だめ」
「……な、なにを」
とても動揺した目をしていた。
それを素直にかわいいと思った。
押さえつけたまま更に言う。
「さっき言ったけど、君は僕が生きた証であり、痕跡であり、証人なんだ、君が傷つくのを僕が許さない」
僕の目には、静かで巨大な狂気が宿っていることだろう、タマは何も言わず、こちらに飲まれた表情をしていた。僕はその目を覗きこむ。僕の意思の全てを伝えるために。
「よく聞いて。君は生き残らなきゃいけない、例え僕が死んでも、例えこの大地が沈んでも、例え他のヒトが台頭しても、君はそれらに勝ち、時の果てまで生き残らなければいけない。君は僕の生きた、もっと言えば人類の生きた。たった一つの証だ。人間が作り出し、残したものは、最終的には君とあの赤い海でしかない。そして、僕はあのクダラナイ赤い海には一切の価値を認めない。
君だけだ。
君だけが、人の作り出したものの中で価値がある唯一の存在だ」
そう、人間は何かを残したがる動物だ。自分の生きたその先にまで、自分の証を残したい。これは人間としての当然の欲求だ。そして、僕の心には通常の何十億倍もの『その欲求』が在る。僕自身ではどうしようも無いほどに『人の代表として何かを残せ』と訴える。
そっと額にキスした。
神聖な行為のように、契約の締結のように。
「人類は、君を作り出すために生まれてきたんだ」
喋りながら、タマの身体をディラックの海から出していた。なにやら赤い顔でボウとしている。まだ気が付いていないようなので、笑って付け足した。
「だから、タマは僕のモノだ」
「え、な!?」
「だって言っただろ、僕が作ったって。ならば所有権は僕にあることは自明の理だね♪」
「ななななな・・」
「僕に所有権・命令権があり、特に役立つことも無い、うん、やはり愛玩動物だ」
「キ・キサマは・・」
「あ、あと、特に文句が出なかったからタマ確定ね、これからはそう呼ぶから、よろしくね、タマ、分かったタマ? おーい、返事をおくれよタマー」
この日、地球のある場所で、フォースインパクトが起きたとか起きなかったとか・・・・
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