残るもの 残されるもの 第2話


葱(ねぎ)と満漢全席



「じゃあ、アイアイ」
「却下」
「権太郎」
「否定だ」
「ウーパールーパ−」
「よく分からないが断る」
「クレソン」
「美味しくない食物だ」
「じゃあ……」
「主(あるじ)よ」
「ん、なに?」
「いいかげん初号機で良いと言っておる」
疲れたように言った。
あれから数日、『結果的にはリリンが現在の自分を作り出した』ってことで、僕のことを主人として認めさせることに成功した。認めさせることの8割は拳と拳の語り合いだった気もするけど、まあ、それはそれでOK。
ただ、強情にも『タマだけはいやだ』と主張したのだ。
かわいくて特徴を掴んだよい名前だと思ったのだけど。

――想像してみる、遥か先の未来、そこには人類と全く異なるヒトが主導権を握っているかもしれない、そこに初号機が神のごとき力を振い、そのもの達を助け、或は滅ぼす。そして、マントをひるがえしながら言うのだ『我が名はタマちゃん! この名を永劫に語り継ぐがいい!!』と、うん、想像するだけで燃えるシュチュエーションだ。バックミュージックにサ○エさんを流してやれば完璧に・・・
「あるじよ!」
「なな、なんだい?」
「いま、とても失礼なことを考えたのではないか?」
「ナンノコトダカサッパリサ」
意外に鋭い。
さりげなく追求をかわした。
うー、そのように疑り深い目線はダメだよ、うん。
信頼と信用は大切さ。

「とにかく、わたしは初号機、それで良いな?」
「うーん、なんか、艶に欠けるなー」
「そのようなものは必要ない」
「なら、さ」
僕は妥協案を提示した。
「正式名はそれでいいから、通称を作ろうよ!」
「2人しかいないのに、か?」
とても冷たく言い返された。
むー、『通称と言いつつ、呼ぶのが僕しかいないから結局それが正式名称』作戦はバレバレか。
ま、気にしない気にしない。
「えーと初号機の言葉を一文字飛ばしにして『しごき』とか」
無言で拳が飛んできた。
あ、駄目なのかー
「じゃあ、諸号機の、初だけを抜かして勇ましくゴウ――」
最後まで言えず、攻撃を避けた。なにか神なる力も働いた気もした。その名はカプ○ン。
「さらに略してゴキ!!」
何も無い空から、巨石が降ってきた。ゴキの力も倍増している。
これ以上は死の予感がした。
「逆から読んでキウゴョシ」
「あるじよ、何を言っているのか分からぬ」
「じゃ、単純化して、キヌゴシ」
「わたしは豆腐ではないっ!」
「初からとって、初がつお!」
初がつおは、ため息を吐いた。
「あるじよ、自分がそう呼ばれる様を考えてみよ」

言われてちょっと考えてみる。
ミサトさんとはじめて会った時、『あなたが初がつお君ね、乗って!』
ゲージで父さんと会った時、『久しぶりだな、初がつお』
綾波の最後の場面、『初がつお君が呼んでる』
アスカ、『馬鹿初がつお♪』
……何か人格の根底の部分を攻撃された気がした。
「ゴメン、僕が悪かった。うん、名前って大事だ」
「分かったか、わたしはもう昔から初号機と呼ばれてきた。今さら変えても自分という気がせん」
「んー、だけど、その姿に初号機は似合わないよ、僕が呼ぶのに違和感がある」
「それで、あれらの名か? もうすこしマシなものは無いものか」
嘆息する、こいつはよくため息をつく、何でだかちょっと不思議だ。

などと言い合いながらも『都市』に着いた。
名前は知らない、特に知る必要も無かった。
僕も初号機(仮)もS2機関搭載だ。食事は取らなくてすむし、けがの心配も無い。
僕が『都市』に用があるのは、嗜好品の調達のため。何もいらないから、必需品は無くなってしまったのだ。
今回の場合で言えば、初号機(仮)の小型化記念パーティーと服の調達だ。
布を巻きつけてはいるが、初号機(仮)の服装はどうも世捨て人のようで、見ていて少し寂しい。
僕はこの3年で背丈が結構のびたので、貸し出すことも難しかった。なにせシャツですら満足に合わない。
幸い近くにこのような場所があったので、のんびりと歩きながら、名前決めをしていたのだ。
「さて、っと、僕は食べられる食料を探してくるから、初号機(仮)は服を適当に見繕っといて、集合は4時間後で」
「了解した。だが、わざわざカッコ仮とつけるな、まったく・・」
基本的に言われたことには素直な初号機(仮)は、ぶつくさ言いながらも探索に行った。
僕は――
「正式名称、初号機かっこ仮・・いいかも・・」
新たな名前候補を思いついていた。



3年も経つと大抵のものは腐る、自生する植物もあるが、LCL海近くのこの場所では無理だ。
あの死の海では生き物は育たないと言われている。確かめた訳じゃないけど『使徒の血液に似た成分』に植物が生きるのは難しいだろう。ただ、まあ、なんか時間の問題って気もする。いまでも雑草くらいはLCL近くにあるのだ。人類の魂の末路は新しい植物群に吸い尽くされて終わりという、一番惨めな可能性が高い。
(でも、そこで育った果実とかは絶対に食べたくないな・・・)
なんか、人肉を喰うよりも罪深い気がした。
使徒食いを初号機(仮)は経験してしまっているワケだけど、そんなことはさせまいと教育方針を固めた。

……これから食事を作ろうというのに、なんだかディープな考えになってしまった。
反省。
美味しいものを作ろうという心構えではない。
委員長ではいが、美味しいものを食べてもらおうという姿勢は、ほぼ、万人に通じる。
料理は愛情なのだ。
別の言い方をすると、注意深い餌付けは馬鹿をも落とす!!
ちなみに馬鹿の部分に誰が入るかは、ツッこまないで欲しい。
いろんな意味で怖いから。
ただ缶詰・レトルトパックは既に味つきの物が多く、碌に腕を振るえない、が、乾物、それこそ鰹節から昆布、ホタテの貝柱やシイタケ、スモークしたハム・鮭などは長持ちするし、料理しだいでいくらでも旨みを増す。狙うべきはこれらだ。
ふっ、初号機(仮)よ、僕の料理なしにはいられなくしてくれよう。
僕は決意に燃えていた。
食文化の極み、その舌に躍らせてみせる!!



――――3時間後

僕は地面に突っ伏して滂沱の涙を流していた。
発見したもの

讃岐うどん・・・・二人前

日高昆布・・・・・数枚

日本酒・醤油・みりん・・・それぞれ一瓶

うどん、それも素うどん、この材料からはそれしかない。
焼きうどんですら有り得ない。
初号機(仮)の小型化記念パーティー、メインディッシュ、素うどん。前菜・デザート・食前酒・スープその他一切無し。
僕は殺されても文句は言えない。
考えてみれば、この2年間、この場所で食えるだけ食い尽くしていたのだ。
食事といえばこの都市で、たまの楽しみとして、食材の寿命と競うように作りつづけていた。
『ひとり万漢全席〜』などと言い、ウン十種類の料理を一口食べては廃棄という無駄の極みもしていた。だって凄い量の食材がギリギリだったのだ。
あの時の最高級食材を無駄に使っていた時代が懐かしい、その味は全て覚えている。まさに食文化の極みだった。
僕は『現実』を横目で見た。
いくら上を向いても涙が溢れた。
(ゴメン、僕が馬鹿だった)
初めての食事、素うどん・・・・
この先、どれだけ生きても記憶に残るだろう、初めての『パーティー』の時、『素うどん』だったな、と。
「一杯のかけ蕎麦なんかメじゃないや」
しかし、いくら考えても現実が変わるわけではない、これからの対応を考えなくては・・・・
僕は必死に頭を振り絞った。
そう、ここで逃げちゃ駄目なんだ!!!

まず残り1時間で行って帰って来られる場所。
――無い!
ディラックの海で移動。
――近距離ならともかく遠距離は行き先の固定ができない! たとえ何度何度も長距離ジャンプを繰り返し、宝くじ並の確率で『都市』に当たっても、逆に帰ることが出来やしない!
短距離ジャンプを何回も繰り替えし、最寄りの都市へ移動。
――もっとも現実的だが、ここの都市の名前すら覚えていない僕には不可能!
それよりも何よりも、一番の問題は、のこり1時間しかない!
早くしないと、うどんすら作れない!
「くっ!!」
僕は素早く固形燃料に火を点け、昆布入りの鍋を弱火で、水だけ入った鍋を強火で煮る、水量は結構たっぷりだから、目を離しても暫くは大丈夫なはずだ。そうして、僕は廃墟の都市へ、再び材料調達のため駆け出した。結果なんてもうわかっている。既に何十回も徹底的に調査したのだ。この都市のことは自分の家の冷蔵庫よりも把握している。何かが見つかる可能性なんて無いに等しい、けど、だけど、
(だけど、せめて葱だけでも!!)
ホントの素うどんはあまりに悲しすぎる。



一方そのころ
初号機は途方にくれていた。
服の種類が多すぎる。
デパートという場所で選んでいるのだが、選択肢が膨大なのだ。
まず、男と女の二種類があるらしい、ここで早々につまずいた。
(わたしは男なのだろうか女なのだろうか?)
それが分からなかった。
とりあえず胸に手を当てる。
女にしてはペチャパイすぎ、男にしてはしなやか過ぎた。
「む」
次は下だ、男であれば有り、女であれば無いはずのものを確かめる。
だが、
「む」
(どのような形状のものなのだ?)
初号機の知識は、LCLに同化した碇ユイと碇シンジから断片的に得ている。
初号機には、ある部分は異様に詳しく、ある部分は全く分からない、知識の極端なムラがあった。
いくら観察しても、前提となる知識がなければ無駄だ。
だが困った。これによってパンツ1つ取っても違ってくるらしいのだ。
暫く考え。
(・・・わたしは使徒だ。そのような瑣末事に関心を払う必要はない)
そう結論し、両方を自分の感覚で選び出した。
それは、ファッションセンスなどという高尚なものではなく、『どれだけ初号機の興味を引くか』に集約された。
つまりは『原色』。これをどれだけ大胆に取り入れているかが、その選択の基準となる。紫色が特にお気に入りだ。
「♪」
初号機は初めての買い物を楽しみだした。
ほとんどが趣味でないのが、ちょっと不満だ。
(そういえば)
初号機は思った。
(食品売り場が暴徒に荒らされた後のようだった。あれは一体なんなのであろう? きっと、サードインパクト直前の混乱によるものだな、畜生でもあそこまではすまい)
碇シンジが知れば頭を丸めるしかない感想だ。



僕は走っていた。
力の限り、この身体が許す最大限の速度で。
銃弾の速さで、都市の端から端まで直進する、その間にある、窓・コンクリート・壁・TV・本棚・看板・街灯・車・ビルなど関係なく突き進んだ。
ATフィールド・ブレードを併用すればこそ、可能な技だ。
遠くから見れば光線のように直進する僕の姿と、それを追いかけるようにバラバラになって行く建築群の姿が、はっきり見えたことだろう。
途中で台所などに当たった場合などは、特に念入りにバラして、何か食べ残しが無いかを瞬間的に把握した。
冷蔵庫や地下倉庫を切り裂くたびに、期待に胸躍らせているのだが、その結果は失望だけだ。腹いせにビル全体を細切れにしてもしかたないであろう。

あ、僕のことを破壊の化身とか思わないで欲しい。これでも、はじめは普通に探していたのた。
けれど、時間の迫るに従って、『より効率的な』方法に変えるのは当然だと思う。
とはいえ、ほとんどは腐っていたり、ねずみに99%をかじられていたりで、食料のしの字も無かった。
(いっそのこと、この都市を1回、ディラックの海に静めようか?)
自分自身の内向きATフィールドで作ったディラックの海は、どこに何があるのかを簡単に検索できるはずだ。
ただ、これだけの規模は、人間の情報処理能力をちょっと超えるけど・・
それも食べ物のためならば!
僕は急停止した。慣性の法則に従って、土石流のような瓦礫が横から来る。僕はそれをモーゼの『湖割り』ならぬ『土石流割り』をしながら精神を集中した。
自分の中心線を意識し、僕個人の奥深くにある『ライン』を、巨大な力の通る道筋をさらに意識した。植物が水を吸うように、ごく自然に汲み上げている『力』を、ダムを決壊させるが如く、一時的に増大させるのだ。
静まり返った瓦礫の中で、僕は集中の度合いを一段ずつ上げた。
下手をすれば僕の自意識が消し飛ぶ危険な作業だ。
だが、残りあと2手順ほどまで来た時に、ふと、気が付いた。
(初号機(仮)も巻き込んじゃうな)
初号機(仮)は、ディラックの海に飲み込まれることを、とてつもなく嫌がっていた。まあ、僕の心の内側に閉じ込めるものだから分からなくは無い。もう、二度とゴメンだとも言っていた。

また、僕自身の探索跡を見返してみる。
切断されたビル群、崩壊した地下貯蔵庫、竜巻に巻きこまれたかのように吹き飛んだ家々・・・・
それらは、教育上、宜しくない気がした。
探し物=破壊するでは、元同居人より酷い。
ミサトさんは、探し物をゴミで埋めることはあるけれど,探し物を拳銃で撃ち抜いたりはしない。
ちょっと違う気もするけれど、あんな大雑把、かつグータラな子に育てる訳には行かなかった。
いまのままだと、僕の『効率的な探索方法』は必ずバレる。
なにせ、これだけ破壊の限りを尽くしてしまったんだ。
この上、『もっと効率の良い方法』なんか実行したら、初号機(仮)は、そのうちグレるかもしれない。
少なくとも『モノを探す時はこうするのか』と納得しそう。
僕は集中を解いた。
身体を制御し、平静な状態に戻す。
溢れそうになっていた『力』をゆっくりと元の場所に帰す。
静かに息を吸い、吐いた。
最後に心を落ち着ける。
タイムリミットはもう少ない、さらに破壊音・破壊跡が目立ってはならないという条件も加わる。
ミッションクリアーはかなり厳しくなった。
だが、
僕は決意を新たに、鋭く『都市』を見据えた。
「葱だけは見つけて帰る!」
それが最低基準なのだ。




――――そして、集合時間。

初号機は、集合場所でちょっと感動していた。
手にした原色の服達を落としてしまうほどに。
一応、あの後、食品がないか、余った時間で探してみたのだ。
米の一粒、ソースの一滴すらも存在しなかった。どこにも、まったく。
これでは流石に無理だと思った。
探せば探すほど、その確信は深まり、食事とやらは次の機会だなと納得までしたのだ。
そんな中で一応とはいえ、食事が有る。
うどん2杯だけとはいえ、驚くべきことだった。
精も根も尽き果てた顔で碇シンジは謝ってきた。
「ゴメンね、探してはみたんだけれど……」
「……あるじ…いや、あるじ殿…」
初号機は己が主人を、自分を作り出してくれた人を、真っ直ぐに見た。
なにげに呼び名もランクアップしていた。
「ん?」
憔悴しきった顔だ。
自嘲の笑みも浮かんでいる。
「ご馳走とはもともと『各地の美味いものを走って揃える』という意味だ」
「え、う、うん」
「そういった意味で、この料理は一点の曇りも無き、正真正銘のご馳走だ。何物にも、どのような高級料理にも勝利する。そのような顔をする理由は、どこにも無い」
両手で器を持って、その暖かさを確かめた。
そこには文字通り、走り回って取ってきたであろう一品が有る。
初号機は思い返した。
あの酷い有り様、食品という食品、食材という食材、調味料ですら消え去っている食品売り場。いや、もはやあそこは空き部屋だ。文字通り、何物も内包していない。
(よほど酷い暴動が起きたのだろう)
その中でこれだけの物を用意出来た。奇跡に近い。
初号機はちょっと泣きそうだった。
何も無い空疎な部屋の中、必死で走る、己が主人の姿が思い浮かんだ。
反対にその主人は顔色が悪化していた。
別の意味で泣きそうになっている。
罪悪感が容赦なく、肺腑を突き刺していた。
空になった部屋の中で、『ああ、あれも美味しかったのに、それも美味しかったのに』と反芻しながら走り回っていたのを思い出す。
それと現実を対比させれば、済まないどころの話じゃない。
碇シンジ的には極刑に値する。
だが、初号機は目もとに嬉し涙を溜め、晴れやかな笑顔で言った。
「いや、済まない。熱い内にいただこう」
「・・・・・」
「ん、あるじ殿?」
「あ、そそ、そうだよね」
碇シンジは、絶望と幸福感の絶妙なブレンドを味わった。
初号機の笑顔は罪悪感を消し去るほど美しかったのだ。
(嘘は…………貫き通せばホントになる!!)
覚悟を決めた。少なくとも、初号機の、この笑顔を嘘にしたくはなかった。
こちらまで暖かくなる笑顔だ。
なくしたくなかった。
「「いただきます!」」



うどんには、葱がたっぷりと乗っていた。