残るもの 残されるもの 第3話

美味しい。名前




「名前を決めた!」
「ほう……」
「君の名前は」
僕は、バンっ、と紙を広げた。
そこにはこう書いてあるはずだ。

『命名 シア 』

「存外に、まともだ」
初号機(シア)はびっくりした顔をしている。
失礼な、僕はいつだって真剣なのに。
ちなみに、前回からは1ヶ月がたっている、思った以上に難航してしまった。
もう一枚の紙を示しながら僕は言った。
「ちなみに漢字では『初愛』と書くんだ」
「……卑猥な気がするのは、わたしの勘ぐり過ぎか? いただけない」
言いながらシアは漢字に横線を引き、新たな文字を裏に書いた。意外と達筆だ。一息に書ききって僕に示した。

  シア
『 死合 』

「こちらのほうが良い」
うんうんと腕を組んで納得している。
僕は、硬直した。
「わたしの過去・現在・未来を表すのに、これ程、相応しい字は他に無い、『愛』などという存在の有無も定義もあやふやなものに比べ。お互いに『死』を賭け殺し『合う』。わたしの半生であり、事実であり、指針でもあるこの方こそ――」
「ち、ちがーーーーーうぅ!!」
再起動した。
「数は少ないかもしれないけれど、この地球で『初めて』会うものに、『愛しみ』を忘れないで欲しいっていう願いを込めたんだ。いきなり殺し合って、どーするんだよ!? もしかしたら味方かもしれないだろ!?」
「む、あるじよ、先手必勝という言葉が示す通り、後手に回っては・・」
「ラヴ アンド ピース!! 愛と平和なの!! 友情!! 努力なの!! 対話と相互理解は長い目で見れば――」
シアは、後ろを筆で示した。
僕は反射的に、振り返った。
そこには、ざざーん、と赤い海が波打っていた。

「その、結末」
シアは、ぽつりと言った。
ざざーん!! と一際大きく波打った。
続けて、切りつけるように言う。
「所詮、この世は弱肉強食。平和と理解の行き着く先は、そこの原生生物もどきではないか」
冷たい風が吹きぬけた。
「愛は、富めるものの余興に過ぎない。今日、餓死する者に恋愛は発生するであろうか? 貧しさで見た目に注意を払えぬ者に、美しいと胸打たれることもまた稀だ」
僕の黒髪とシアの銀髪を揺らした。
「幸せになりたい、平和に暮らしたい、誤解されたくない、愛されたい、そのようなリリンの文化が破滅に繋がった。わたしにはそう見えるぞ、この風景」
僕の心にも風が吹き抜けた。極寒の極低温の風だ。
リストラ直後な気分だ。
「だから、わたしは『死合』でよい」

そのまま、5分ほど時間が経過した。
シアの居心地悪そうな雰囲気が伝わる。
僕は黙って向き直り、何も言わずに新しい紙に文字を書いた。
後ろめたそうなシアが、そおっと近づき、後ろから覗き込んできた。
横目で僕の顔を見てから、紙を見る。
表情が強張った。
当然だろう、そこにはこう書いてあった。

    
しょごうき
『命名 処合鬼 』

「あ、あるじ?」
シアの声は震えていた。
「僕もね、これはあんまりだなぁ、って思っていたんだ。だけど、こっちで行くよ、読み方は変わんないし、この呼び名に愛着があるみたいだし、丁度いいよね? うん、そうだよね、僕達リリンは大失敗を犯した種族なんだ。君に教えることなんて何一つないよ、だけどせめてこの名前を贈るよ、是非とも、否が応でも大事にして欲しい……」
僕は、シアに人間の全てを教えようと思っていた。
理論的には永久に生存するシアに、人類文化の欠片を渡そうと思っていた、だが、どうやら本人は要らないようだ。
このくらいの嫌がらせは許されるだろう。

………………………べつにスネているわけじゃない。

たしかに、『一生懸命かんがえたのに……』とか『シアは僕に好意を持ってないんだね、ちぇ』とか『ふんだ、そんなこと言われたら何も言い返せないじゃないか』とか思ってはいるけれど、べつにそんなんじゃない。おそらく、きっと、多分。
「あ、あるじよ……む、それは…あの」
戸惑う処合鬼。
ふんっ! 絶対に変えてやるもんか。
「わ、わたしは前の方が良い、な、うん」
僕は一瞬だけ見て、また、そっぽを向いた。
「わたしは愛などくだらな、いや、よく理解できないが、おそらく大切なのだろう、あ、あるじは貴重に思っているのだろう? わたしは知識不足なところがある、インプットされた情報が少なければ間違った結論もでるというものだ」
こんなに焦った顔も珍しい。
よほど嫌なのだろう、そして、僕がこういった事は本気ですることも理解してる。
「け、結果的にはこんな無様な、いや、そう、結果が全てではない、その過程で感じたものが無駄な訳はない。わたしもあるじの記憶がある、だからこそ理解できる。崩壊してしまったが、葛城宅での暮らしは大切だったのだな? その時の幸せな気持ちは理解できるのだ。悔しいが……」

だが、僕はさらにアサッテの方向を向いて、言った。
「……いや、処合鬼が全面的に正しいんだよ、僕らリリンは生存競争に勝ち残ったのに、最後に大ポカをしたんだ。ただ『楽になりたい』ってだけで、ね」
ちょっと小石などを蹴ってみる、『処合鬼』のところで、苦い顔をしていたのが見えたが、僕は気にせず続ける。
「『死合』いいんじゃない? 処合鬼に似合うかもね、けど僕は、この名で呼び続けるよ。リリンとしての最後の意地だ」
「あるじよ、そんなはた迷惑な意地を持たないで欲しい。わたしが、わたしが悪かった。これ以上、その名で呼ばないでくれ。馬鹿にされている気にもなるが、悲しいのだ。わたしもあるじ自身も望まぬ名など、呼ばれてもまったく嬉しくはない」
そう言いながら、紙になにやら書いてた。
「だから、この辺で妥協は出来ぬか?」
そこには『 死愛 』と書かれていた。
「言っておくが『死』を『愛』する、ではない、文字通り『死』と『愛』、だ。末期的なこの世界には相応しいであろう?」
僕はその紙を暫くじっと見ていた。
そして、
「……………うん」
小声で言い。
「でも暴走族みたいだ」
「? それは何者だ?」
「知らなければいいよ、でも、うん。『初愛』より、ただ愛するよりいいかも」
「よかった……」
シアはえらくほっとしていた。
そんなに処合鬼は嫌だったのだろうか、じつは『ちょっといいかも』とか思っていたんだけど。
「えーと、じゃ、あらためて、よろしくねシア」
手をさし出す。
「こちらこそだ、あるじよ」
握り返してくれた。
こうして、とてつもなく長い名前決め騒動は終止符を打った。

ハズだった。
「ところで」
シアがぽつりと言う。
「これは女名前だな?」
「うん」
「わたしは、そもそも女性体なのか?」
「…………へ?」
僕はシアを見る、シアは紫色のスカートに蛍光ピンクのシャツを着ていた。
男がしていい格好ではない、絶対。
「な、え、まさか?」
「確かめてみたのだが、いまいちどちらか分からぬ、この際、確認してほしい」
そう言って、スカートを手早く下ろした。下着はトランクスだった。
碇シンジの中で、『危険』という文字が乱舞した。
心の中のオペレーターが叫ぶ。
『総員第一種戦闘配置! エヴァ初号機が暴走しました! 至急、拘束具を取り付けて下さい!』
どこかで聞いた渋い声が遮る。
『乗るなら早くしろ、乗らぬなら帰れ!』
一体、何に乗るのだろう。
いろんな意味でデンジャーだ。

「まままままま、待て、待って!」
「む?」
トランクスがぎりぎりだった。
「あるじよ、なぜ止める。我が事ながら、はっきりせぬのは性に合わぬ」
両手に力が込められた。
僕は素早くその両手を止め、そのまま上げようとした。
「む、なにをする」
シアは力で対抗してきた。
奇妙な力比べが始まった。
「いや、シア、必要ないよ」
「必要がない?」
アップダウンは一進一退だ。拮抗状態は気を抜いたほうが負ける。
「僕らがはじめてあった時、どんな服装だった?」
「……む、そうか、あるじは既に、この上なく確認をしていたのだな」
「人聞きの悪いこと言うな! あれはシアがじゃれついて来たからだろ!?」
「そうだな、あの場合は仕方がなかっ…………………………………………………じゃれ…つ…く…だと?」
ヤバイと思った時には遅かった。
シアがつぎに取る行動が、悲しいほど予測できた。
「ふふっ、そうか、あれはあるじ様にとってはお遊戯に、じゃれつきにすぎぬか……ふふっ」
だんだんとシアが妖気を纏って行く様が手に取るように分かった。
はっきり言って心臓に悪い。
「わたしの全力攻撃が、そのように受け取られてたとは、な……なら――」
髪までユラユラ・うねうねと動き、目が据わった状態だ。
「ならば、今、わたしが『じゃれついて』も問題はないのだな、そうか、分かった」
僕が返事をする暇は与えられなかった。
握っていた両手がまず、弾かれ、逆に握り返された。
逃げろと本能が絶叫した。
「あるじよ、『遊ぼう』か」
その笑顔は、なんだかとっても鋭く艶っぽかった。


さっきまでの小競り合いとこれは違う、僕とシアの間には、絶対的・根本的な力の差がある。今の状態を筋力的に見ると、両腕をエヴァ初号機に掴まれた僕、というどこかで見た覚えのある構図なのだ。
(はは、とってもヤバイ)
シアがその気になれば、掴んだ両手をそのままに、拍手することだって可能だ。
どんな光景になるのかは見たくも無い。
ニイッ、とシアが肉食獣の愉悦を浮かべる。
(うう、こんな怖い子に育てた覚えは無いんだけどな)
まあ、こんなことを考えてる場合ではない、そろそろ、両骨がみしみしと限界を訴えているのだ。
僕の表情に変化が無いのが面白くないのか、シアは不満そうな顔をした。
たわむれるように僕の胸に顔をよせた。
クンクンと匂いをかいでた。
止まる。
なにか、戸惑っているのが分かった。
息が荒く・速くなっているのが皮膚に伝わった。
その体勢がしばらく続く。

そして、戸惑いのまま、ゆっくりと僕に噛みつき、ゆっくり確かめるように噛み千切った。
舌で味わってから、丁寧に、クチャ、クチャという音が聞こえるほど、ゆっくり咀嚼する、口の周りは血だらけだ。・・・行儀が悪い。
ごっくん、と飲み込んだ。
ぶつかるように引っ付いた。
耳もとで囁いてくる。
「あるじ、痛いか?」
こそばゆい。
「あるじよ、痛いのか? 苦しいのか?」
興奮を奥に隠した声、荒れ狂う感情をそこに感じた。
「わたしが怖いか? 後悔をしているか? 生きながらに喰われようとしているぞ、どんな気分だ? わたしなど、作らなければ良かったか? あるじよ、答えてくれ……」
その顔はとても幸せそうだ。そしてまた、甘えるように噛みついてくる。
え〜と、別の意味でピンチ?
あ〜、その、ゼルエル的最後だけはゴメンだ。
この状況を打開せねば。
僕は精神を集中する。
(……使徒基本原則、その1)
僕は、何も言わず、勢いよく後ろへ跳んだ。
シアの10本の指が腕に埋没していたが、関係ない。
(コアが潰されなければ、なんでもアリ!)
掴まれていた両腕は、ズルリ、と肩から抜ける。
5メートル程を一息に駆け抜け、体勢を整えた。
(その2、デタラメな再生能力)
ボコボコ、ってな感じで復元する。


シアは呆然とした顔をしていた。
その手には僕の『僕の両腕』が残っている。
駄目だなシア、僕ら使徒にとって肉体は、『コアを護るためのフィールド』にすぎないことを理解していない。もっとも、肉体を傷つけられる事態は、そのコア一歩手前という『ヤバイ状態』を意味するけど。
僕は、ふっ、と笑ってやる。
とたんにシアの顔が険しくなった。
何故か裏切られたように悔しげだ。
僕の両腕を捨て去り、ドンッ、という音と共にその場から消える。
流石に直進してくるほど、無学習ではないらしい。
けど、挑発に乗りやすいところは変わらずか……
色々な音をさせながら、四方八方のビル群が崩壊している。
僕は、まず、ディラックの海を用意し、次に微弱なATフィールドを張ることで対応した。
レーダーの如く張り巡らされたそれは、シアの躍動が手に取るように分かった。
髪をたなびかせ、身体は踊り、目線は常にこちらを向いている。
その姿は、かつてこの地上にあった何よりも速く、美しかった。
レーダーを張ったことが分かったのか、訝しげな表情をした。
急に方向転換したシアが、こちらに迫る。
何をするかよく分からないが先手必勝、ってとこだろう。まだまだ、甘い。
僕は、上から下へと斬りつけられた蹴りを避け、つづく裏拳を流す。
連打はそれだけで終わらず、コチラの顔めがけて拳が迫った。
僕は、それをディラックの海へと開けた『穴』で防御した。肘から先を『移され』、シアは驚愕の表情を浮かべた。体勢の崩れたシアの背中に回り、ポン、と押して、たたらを踏ませる。

「くっ!」
『穴』から手を引き抜き、殴って来るが、僕はスウェーバックでかわす。そして、その『穴』から出現させた『武器』で、死角から攻撃した。
「!!?」
それは『僕の腕』だった。
流石に面食らっている。
先ほどトカゲの尻尾きりで取り外した両腕を、肩の部分でくっつけ再生、僕と握手ってな感じで、手で手を持ちながら振り回したのだ。
文字通り、『自分の手のように』使える良い武器だ。
この六節根を、僕は打撃には使わず、捕縛具として使用した。
高速で振られたそれは、シアの後ろを経由して絡みつく。
指やら二の腕やらを伸ばしながら、もがけばもがくほどに絡みつく。
これは、バルディエルの身体操作を応用したものだ。
のびのびーる、ってなようす。
最終的に、10本の指を地面に打ち込みつつ、シアの身体を捕縛した。
他のは両腕と身体を一緒に、ぐるぐると巻いとく。
シアを中心柱としたテント状態だ。

シアは、捕まった盗賊のようにこちらをキッと睨みつけていた。
…時代劇でこんなのを見たような気が……
もがいているシアだが、その力をうまく吸収してやる、のびのびーる、力をいれた時は伸び、抜いた時は縮める、そうして、バランスが崩れた瞬間に10本の指を収縮させた。
ドスン、とシアを座らせる。
シアは、ちょっと涙目だ。
やっとこれで落ち着いて喋れる。
「あるじよ、わたしは罪人か?」
「僕を食べといて何を言う」
「……美味だった…」
何故か恍惚としていた。
「あるじよ、もう少し喰わせてくれまいか?」
僕は痛くなる頭を押さえた。
(早急にもっとマシなものを食べさせなきゃ・・)
使徒喰い、あるじ喰いと、この子はだんだん悪食になっている気がする。
「その話は後にしよう」
不満顔だ。
「えーと、まず、さっきの質問に答えると、痛かったし、苦しかった。けど、別にシアのことは怖くないし、後悔もしてない、喰われるのは、妙な気分としか言いようが無いし、君を作って後悔したことは、現在過去未来のいずれも無い」
「…………ああ!」
「質問したの忘れてたね」
「うむ、悦楽のあまり」
ハッキリと言い切った。
僕はコケそうになるのを耐えた。
「あるじよ、すごかったぞ、咀嚼するたび噛み切るたびに背筋が震えた。あるじがわたしのモノになっていると考えるだけで、頭がどうにかなりそうだった。あるじよ……」
なんて言ったらいいのだろう、
目ってものが、これほどにも切なくなれるのか、って思った。
「あるじよ、あと少しで良い、喰べたいのだ」
息が深く、荒くなってきた。
「後生だ。あるじ……」
僕は、暫く黙って立ったままだった。
その全身で欲してる様を、ただ見てた。
「あるじ」
かすれ、震える声。
その声を聞いてるうちに、自分が何を考えているのか分からなくなってきた。
「…………」
こころにさざなみが疾る。
『魔』が、すっと忍び寄る。
知らぬ間に僕はシアの傍に行き、手を差し出してた。催眠術にでもかかったようだった。
僕に学習能力は無いのだろうか?
間髪いれずに、シアは噛みついてくる。
血が流れる、骨と歯の間でゴリコリと嫌な音を立てた。
でも、シアの口は笑みの形を作っていた。
(あ、そうか)
僕はなんとなく分かった。
頭を撫でてやる。
嬉しそうに、目を細めた。
(これ、この子の甘え方なんだ・・)
そんなことを思った。
だから、不快に感じないのだろう。
シアは無心にしゃぶりついてる、だいぶ骨が見え出した。
その姿は、どんな幼い子どもよりも嬉しそうだった。
一瞬。
一瞬、頭に電流が走る、イメージが流れ込む、音、光、色、触感、匂いまでも伝えられる。
(これは……)
シンクロだ。
フィールドとフィールドが重なって交わり、昔のようなシンクロをしてた。
伝わったのは、身悶えするような歓喜と罪悪感。
映像では、真夜中の打ち上げ花火で表された。
至近距離で弾ける火薬。
闇の中に万の色彩、瀑布の激音、光の色線の乱舞が駆け抜ける。
あまりに強すぎて、苦痛を味わうほどの歓喜。
太古の夜より深く、暗い罪悪感。
それが脳内で爆発するのを感じた。
「く…う…」
子どもが持っていた歓喜だ。
大人にはキツ過ぎだ。
シンクロが解け、眩暈が襲う、あまりに激しいものを見て、目がチカチカする。
「あるじ…」
「な、なに?」
シアが、こんな気持ちを持ってる、そのことに戸惑ってた。
僕は誤魔化すようにシア自身を見た。
――後悔した。
とても、濡れた目。
息も荒い。
僕がシアを見るほど、息は熱く、荒くなった。
「次、その目がいい……」
求めていた。
砂漠で水を探すように。
僕の手はいつの間にか、無くなっていた。
痛みは、無かった。無意識に制御していたのかもしれない。
「……むかし、エヴァであった時は誰もそのような目で、わたしを見なかった。そんな優しい瞳、わたしは知らない、だから……」
息が末期的に荒くなった。
「だから――――欲しい――」
目が合うのではなく、目を見られてた。
どこか焦点の合ってない熱い視線。
シアは拘束されたままだが、とてもじゃないが解く気になれなかった。
シアが怖いんじゃない。
僕が許してしまいそうだった。
「だ、だめだよ」
「なぜ? なぜ駄目なのだ?」
拘束されたままで懇願してきた。
想像する、シアがその舌で僕の目を直接、ねぶるように瞳の裏まで――
「だめ! とにかくダメ!」
打ち消す。
『それはどんな痛みなんだろう?』『それはどんな感覚なんだろう?』、囁く好奇心すら、僕には敵だ。

シアとのシンクロを思い出す。
頼れる『人間』が僕だけ、その期待を裏切っていいのか? 許してもいいんじゃないか? どうせ再生するんだ、かまわないだろう? そう囁く、僕の弱い部分達。
けど、駄目だ。
シアのすること、たいていは許す気でいたけど、これはなんか違う。
アスカや綾波のことを思い出す。
彼女達の生活、そして末路を。
綾波は『無に帰ること』をNERVや父さん、リツコさんから肯定された。
アスカは『自分が必要であること』をアスカの母さん、NERV、僕から否定された。
認めて良いことと、悪いことがあると思う。
間違ったことを肯定しちゃいけない。
それは幸せに繋がらない。
僕はそう確信し、シアを見た。
「…………」
「…………」
えーと、なんかイキナリ不機嫌。
さっきまでとは、180°表情が違う。

「あるじよ……」
「な、なに?」
「わたしが傍いるのに、過去を思い出すとはどういう所存だ」
「へ?」
何を言ってる?
言っている意味がよく――と、え、まて、落ち着け、さっきの……?
シンクロ?
シンクロだ!!
僕だけでなく、シアの側にも伝わっていたのか!?
断片的なモノしか伝わってないから、誤解してる!!?
シアには、アスカや綾波の様々な表情だけが伝わったのだろう、しかも、つらい場面だけでなく、綾波の恥ずかしそうな顔とか、アスカとのキスシーンとかも考えてた。
シアの後ろに炎が見えた。
再び、僕にイメージが伝わる。
今度は、おもちゃを盗られてむくれた子どもだ。
ただし、サイズは僕の数十倍。
いまにも暴れて泣き出しそうだ。
その被害と威力は推して知るべし。
「わたしが、すぐ傍に、こうして、ここにいるではないか!! 何故、あるじを裏切ったような者達のことを考える!? わたしの事だけを考えよ!!」
「む、無茶いわないでよ」
シアのことから繋がって、想ってしまったのに。
「それに裏切れれてなんかいないよ? いい思い出も多いし・・」
「あるじ!!」
立つ。
拘束をものともしない。
「やはり、目玉だけでは駄目だ。すべて喰うぞ!! 良いな!?」
ずんずん歩く。
「な、なんで?」
「なんで? なんでと言ったのか!?」
僕は後ずさる。
ああ、僕の『もと腕』が千切れてく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
こ、この浮気者っ!! 不義理者っ!! 不純者っ!! コアだけ残してすべて喰う!! そうすればこれからの事しか記憶に残らん!! わたしは幸せ、あるじも幸せ、これで円満解決だ!!!」
「ど、どこが幸せだー!?」
「ここにいないではないか!!」
僕を指差す動作で、拘束は完全に壊れた。
「アスカ、アヤナミとやらはここにいない!! そのような者達を思い出してどうなる!! わたしが、わたしが居ればいいのだ!!!」
シアは涙を溜めていた。
「いない者のことなど思い出すな!! わたしだけを! わたしだけを大切にすればいい!!」
アスカを思い出す、アタシだけを見て、と叫んでいたアスカ――
「シア……」
「だから、喰う!!!」
突然、バイオレンスに変わった。
「なあ!?」
襲ってくる。
シアが口を閉じるのと、僕がシアの延髄に中指を打ち込むのは同時だった。
指を変化させた簡易停止プラグが、間一髪で効果を表した。
シアは噛みついた体勢のまま、固まる。
恨みがましい目で睨まれた。
……僕は、何かいけない事をしたのだろうか?
はあ、とため息を吐く。


『 死愛 』
もしかして、この名のせいだろうか?
シアの中の『死』と『愛』が、とても近くなった気がした。