「あるじ、鬼ごっこをしよう」
シアが笑顔で言ってきた。
「鬼ごっこ?」
多少、警戒しながら言う。
「うむ、わたしが鬼をやる、あるじはただ逃げれば良い」
「ふーん、それだけ?」
「無論、特殊ルールがある、まず、わたしはあるじを捕獲する」
「うん」
「そして、半分以上、喰べればわたしの勝ち。時間制限まで逃げ切れば、あるじの勝ちだ」
僕は机につっぷした。
「・・・・それは鬼ごっことはいわない」
「む、そうか?」
「どちらかといえば、頭に喰人がつくし、ごっこがいらない」
ただ、リアルに僕が喰われるだけじゃないか。
「では、対抗措置として、あるじに武器を持たせよう」
「武器?」
「これだ」
ドンっ!! っとプログレッシブナイフ(原寸大)を持ち出した。
「・・・どっから持ってきたんだよ・・」
よく床が抜けなかったものだ。
「あるじは、これでわたしを攻撃しても良いこととする」
「それって、僕が不利になるだけ・・」
『ナイフ』は常人が担ぐには不可能な大きさだし、僕がシアを傷つけることはあり得ない。
「開始は夜明けから、終了は南中時、太陽が一番高い時まで! 範囲はこの森と都市だけとする」
「2つほどいい?」
僕は手を上げ問う。
「む、なんだ。あるじよ、今さら棄権はみとめんぞ」
「シアが『まいった』すれば終了ってのも付け加えて、あと、僕が勝った場合、寝込みを襲うのを金輪際やめて」
「・・・・・よかろう、ただし、あるじの『まいった』は認めないぞ」
「りょーかい」
僕はやる気なく言った。
はあ、めでたい日になんでこんなことを・・・
ただ、これはチャンスだった。
僕はこの小屋に住んで以来、まともに眠れたためしが無かった。
夜になるとシアは妙にそわそわし、僕が寝入ると、ロープ片手に『喰事』に来る。そのたびに撃退したり、逃避したり、逆にふん縛ったりするのだが、いいかげんもう飽きた。僕はゆっくりと眠りたいのだ。ひと時はディラックの海が安全地帯だったのだが、なにをどうやったのか、そこにまで侵入可能になってしまった。
いまでもあの時のことは思い出す。窓ガラスを20枚くらい叩き割った音がしたと思ったら、ぐわしっっっ!! と足首を掴まれたのだ。・・ホラーなんか問題にならない。
あの執念、あのパワーは驚異に値する、だけど、その方向が間違っている気がしてならない。
いいかげん普通に寝て、普通に起きたい。
夜、違和感で目が覚めると、自分の手を喰っている子と目が合う生活は終了したい。

・・・・・・・・・・・・あなたは、本当に『取って喰われる立場』を経験したことがあるだろうか?
僕は毎日がそれなのだ。



残るもの 残されるもの 第4話

リアル喰人鬼ごっこ(戦術編)




僕は椅子に座り、朝食を食べながらぼー、としていた。
ちなみに、この朝食はシアが作ってくれたものだ。最近は料理を手伝ってくれることも多く、こうして、シア独りでしてくれることもある。僕としては、かなり嬉しい。
今朝のメニューは目玉焼きに、薄切り肉(ハムが無かったらしい)、サラダに自家製ドレッシング、フランスパンにジャム各種、昨日の残りのシューマイだ。
時節と合わないが、まあ、定番だ。
日の出までは、まだ時間がある。
直前になったら『ジャンプ』すればいいだけだろう。
僕はコーヒーを飲んだ。
シアは何がそんなに嬉しいのか、にこにこ、と明るい顔をこちらに向けている。
「んー、シアー」
「なんだ、あるじ」
答える言葉もなんだか優しい。
「僕って、そんなに美味しいの?」
「・・・・・・・む・・・・そうだな、よく分からん」
「なんだそりゃ」
そんなのでは喰われがいがない。
「どちらかといえば、精神的なものが大きいな、ふふ」
「そうなの?」
「・・うむ・・・・・・・・」
あー、その目はやめて欲しい。
僕は目を逸らして、コーヒーを再び飲んだ。
そして、速攻で吹き出した。
僕が見た、窓の向こうには、
-------------------何故か朝日が昇っていた。
「なっ!? なにーーー!????」
まだ時間は充分にあった筈だ!
昨日と今日でそこまで差がある筈が・・
僕は『そのこと』に気が付いて、絶句した。
「山が・・・、削られてる・・?」
「そうだ、あるじ」
後ろから声がした。
僕は座ったまま、シアに抱きしめられてた。
変わらず嬉しそうな声で、
「夜中に、ひっそりと消しておいたのだ。開始時間は『朝、日が昇ってから』、つまり、今からだ」
耳を軽く噛んで、
手に力が込められる。
「き、気が付かなかった・・・」
僕は呆然とする。
いつの間に、こんな戦略を使うようになったんだ? シアって。
ハっ、と気が付く、こんなことしてる場合じゃ無い!
僕はディラックの海を召喚した。
目の前に円形の『穴』ができた。
「じゃあな、シア!!」
「ううん」
ぎゅ、っと
「逃がさない」
あ、やばい。
「このようにしがみついていれば、逃げる意味はないな? 仮に移動しても一緒に在る。そして、わたしだけを『締め出し』て跳べば、わたしは必然的に大怪我だ、下手をすればコアが傷つくかもしれんな、あるじは、そのようなことをするのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むぅ・・・」
出来る筈がない。
なにやらシアの甘え方は、だんだんと凝ったものになりつつある。
だが、確かにこれは欠点の1つだ。
「あと」
シアが左手を『穴』に伸ばす、
「これもATフィールドの一種だ。なので、同じフィールド同士、干渉が可能だ」
笑顔で、トンっ、と『穴』を叩くと、あっさり消える。
シアは進化していた。
そして、僕は追い詰められていた。
状況確認をしてみる。
僕、椅子に座ってシアに拘束状態。
シア、いつの間にか『ディラックの海消去』のスキルを入手。
籠の中の鳥、ライオンの口前にいる兎、蛇に絡みつかれた蛙・・・・・
逃げ道は無い、ならば!
「あ・・」
僕は立ち、シアを逆に抱きしめ返した。
「僕の負けだよ、シア、まいった。降参だ」
髪を撫ぜ。
「シア、なにをして欲しい? なんでもしてあげるよ?」
「な・・・・ なんでも、か?」
シアは半ば目を閉じている。
撫でられるのが気持ちいいらしい。
長い髪をくしけずる、その首筋に優しく、深くキスをした。
ピクリ、とシアが震えた。
「うん、ただ喰べるだけでいい? 他に何をして欲しい?」
誤魔化すように、耳もとで囁く。
「む、その、だな・・あの、あの・・」
シアはパニックってる。
でも、嬉しさを隠し切れないようで、目線が色々な場所と僕を、行ったり来たりした。
自分の欲しいものが、いきなり目の前に差し出され、何をしていいか分からないのだろう。
「うん、そうだな、じゃあ、まず目を閉じて」
悪戯っぽく言う。
「め、目を、か?」
「うん、お姫様?」
けれど、態度はあくまで真摯に、
「む、う、わかった・・・」
静かに目を閉じた。
僕は硬直したシアを開放し、ゆっくりと、ゆっくりと、

その場を離れる!!

鬼と言うな、卑怯と言うな。
僕に『まいった』や『棄権』は無しと言ったのは、シアの方からだ。
このチャンス、逃がすわけにはいかない。
息を止め、足音を立てずに移動する。
僕は静かに、ドアノブを回した。
ここで『穴』を下手に開けたら、シアに、また破壊されてしまう。
その視界から逃げ出すことが先決だった。
音を立てないように、扉を開ける。
「あるじ・・・」
か細く、不安を孕んだ声。
動きを止め、僕は心の中で謝った。
ゴメン、シア、輝かしい明日が待ってるんだ!(=今日はゆっくり眠りたい)
『急げ』という声と『静かに』という内なる声が、僕の中で戦争してた。
一動作ごとに、神経を使う。
僕が身体のほとんどを外に出し、あと一息という時に、
風か吹いた。
それはたいして強いものではなかったが、『風が吹いてる』と感じるには充分だった。
ん? てな感じで目が開いた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
見つめ合う2人。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・」
僕はバタンっ、と扉を閉め、走り出した。
あれ以上、シアの表情変化を見るのは怖い。
数秒の後
小屋は跡形も無く吹き飛んだ。
「あーーーーーーーーーーーーーーるーーーーーーーーーーーーーーーーじぃぃぃぃーーーーーーーーーーー!!!!!」
妖怪に追われる気持ちを味わいながら、僕は『穴』に飛び込んだ。

「シアにも困ったもんだなぁ」
ちなみに、ここは『都市』の中心部、一番高いビルの屋上だ。
鬼ごっこってゲームは、基本的に先に相手の位置を掴んだほうが有利だ。
相手を先に見つけたら、ひたすら逃げればいいんだしね。
ここなら、発見は容易だし、『穴』を作ってスグに逃げ出せる。
まあ、僕もシアも、互いの位置がなんとなく分かるから、あんまり意味はないけど。
しかし・・・・・・
こんな生活になるとは予想して無かったなぁ。
僕は、なんとなく彼方を見た。
「加持さんは、女性は向こう岸の存在って言ってたけど、僕にとってシアは、銀河彼方の存在だよ」
散々からかっといて何を今さら、というツッコミは無し。
まあ、シアが『ああなった理由』には心当たりがある。
シアは、精神的に未熟なんだ。
要するに、実はまだ子ども。
さらに言えば、初号機の時代に『ゼルエル喰い』をしてしまったものだから、基本的な欲求のうち、食欲だけを極端な形で先に知ってしまった。その上、僕と直接シンクロを1年も続けるという、『互いのこころを接触させる日常』にも慣れすぎた。
こんだ常人にあるまじき経験と生活をおくり、その精神状態はまだ子ども。ごく普通だったら逆に問題なのかもしれない。
極端な食欲経験+最上の精神的接触の損失+子どものこころ
・・・・・この公式で導き出されるのが、いまの状態ってワケだ。
簡単に言えば、子どもがストレスで何も分からなくなり、泣いて暴れる。これと同じで、シアの場合は、『む、なにがなんだかよく分からない、喰おう!!』ってな感じで、自分が処理しきれない感情を『喰う』ことで発散するんだ。
僕はシアにとって親代わりだし、『自分では抑えきれない感情』の対象になりやすい。
そうした『わけが分からなくなった感情』を『相手と同化する』ことで、安定させるわけだ。
実際,僕がシアに、少し距離を置いたり、昔の話をしたりした日には、ほぼ、例外なく『喰事』に来る。
反対に、かまってやると、その夜は平穏だ。・・・もっとも、かまい過ぎるとやっぱり、『喰事』に来る。
前の場合は、恨みがましい目で、後ろの場合は、甘えた雰囲気でという違いはあるけど、やってる事は変わらない。
なんとも困った性癖なのだ。
ただ、今はまあいいとしよう、けど、このまま続けば、『僕を喰う』=『快感』の公式が完全に成り立つ、そうなってからでは覆しようが無いだろう。三つ子の魂百までが成立する。
きっと未来の『ヒト』に、「リリンとは、喰人が一般的な民族だったのか」との誤解が生じる。友人を喰べるリリン、配偶者を喰べるリリン、愛を確かめるために喰べ合うリリン、そんな誤解はイヤすぎる。
はてさて、そこでの解決策だが・・・
要は間違った感情表現、間違った発散の仕方が問題なのだから、正しい感情の発露、正しい発散のやり方を教えればいいと思う。具体的には、美味しい他の食べ物を大量に食べさせる・・・・・ あ、これは駄目っぽいな、僕が食事で『美味しい』と言った後は、シアが必ず変な目で見てくる、あれはきっと『あるじの方が、もっと美味しいのに』って目だ。
後は睡眠欲を利用して、ってのも駄目か、メチャクチャ個人的なものだし、教えるものでもない。
あとは性欲・・・・?
無理。
出来ないとかしたくないじゃなくて、無理・不可能。
シアが男か女かって問題が以前あったけど、あれは結果から言えば『どちらでもない』のだ。
どうも、うまく男女差を意識できなかったみたいで、未成熟かつ無性別な状態なのだ。
これはシアが決めてくれれば解決するのだけれど、実はまだ本人に伝えていない。
身体を変化させるには『見本』があったほうがいい。
シアは『ならば、あるじのを見せてくれ』って絶対言うはずだ。
僕が拒否しても無駄だろう、これ以上の危険は増やしたくない。
てーか、シアにはまだ早すぎる。
うぬぬぬぬー、あちらを立てればこちらが立たず。
・・・・・・・・シアは子ども、今はそれでいいか・・・・
僕は問題を先送りにすることにした。

・・・・・ところで、先ほどからビルの倒壊する音が、だんだんと近くなっている。
ヘタに覗き込むと『もの凄い表情』が見えてしまうので、してないが、ここもそろそろ潮時らしい。
僕は慌てず騒がず『穴』を作った。
「これがある限り、僕に負けは無いのだよ」
ふっふっふ、って笑いつつ通り抜けるが、その時、後ろから音がした。
危険な音だ。
僕は反射的に飛び退く。
乾いた音を立てて『穴』が消失した。
「・・・・へ?」
今、一瞬見えた赤いのは?
てーか、接近戦でもないのに『穴』を消された?
・・・僕は暫く考えた後,もう一度、『穴』を作ってみる。
すぐに、飛来物が『穴』を消した。
「え、ATふぃーるど・・?」
ATフィールドを高速で飛ばしてきやがった。
・・・不可能ではない、サキエルの槍、シャムシェルの鞭、ラミエルの過粒子砲だって、フィールドを応用したものだ。シアのフィールド到達範囲と合わせて考え合わせると、充分ありえる。
・・・・強くなりすぎだ。
僕は戦況を確かめるため、振り返る。
「・・・うわあ・・・」
見なきゃ良かった。
怒りって、余りに高すぎると無表情になるんだね。
周りのビルも、触れてもいないのに爆散してる。
長く青白い髪も、感情に合わせて浮遊してた。
充分に近づいたためか、今は肩で息をしながら歩いてる、でも、無表情。
目だけが、ビームを放たないのが不思議なほど、禍々しい。
僕は戻って呟いた。
「怒ってる表情の方がまだ良かった」
あれは殺す気だ。
早急に善後策を考えなければ、今日が僕の命日になる。
「とはいえ・・」
範囲はこの都市と森だけとは、僕やシアにとっては狭すぎる。
ディラックの海があるからこの勝負を受けたのだ、普通にしたのでは勝負はスグだ。
「発想を変えよう!」
まともにやったのでは勝負にならない、ならばマトモに勝負しなければいい!
当初の基本から何も変わっていない。
僕は空を見た。
「横が駄目なら・・」
サキエルから『学んだ』槍を出し、走り出す。
「上がある!!」
僕は棒高跳びの要領で、ビルから飛び降りながら槍を極限まで伸ばす。
「くっ!」
槍の両端をギュン、と急成長させる、僕の身体は面白いくらいに上昇した。
掌に槍を突き刺し、半ば引っ掛ける形にしているため、思った以上の負荷がかかった。
けれど、そのかいはあって、槍は如意棒のように順調に伸びる。
下にいるシアの、ポカンとした表情が見えた。
槍はビルの屋上から、更に500mほどで停止した。
ふっ、そこから手出しは出来ないだろう。
ちょっとした茶目っ気から、僕は舌を出してみた。
「べー」
おー、シアの周りがクレーター状にヘコんだ。
長髪が舞い踊ってるし、目から炎も吹き出てる。
突風のせいで棒がグラグラと不安定。クレーターもだんだん深く、広くなってるし。
シアが、槍の根元に右手を向けた。
激、嫌な予感。
「殺界!!!!」
名前がついたらしい、僕の足元に、いつぞや見た『空白』が急激に出来る。
見た目が少し原爆みたいだ。完全円の空白が出現し、槍の3分の2までの空間を、分子を、フィールドを微塵に帰す。
甚大数のATブレードによる高速乱舞だ。
これに単純構造な槍が耐え切るはずもない、僕はなす術も無く落下、
せずに。
「結界!!」
重力子すら遮断した小型フィールドを、360°全てに張る。
さらに、
「『ラミエル』の『過粒子砲』!!」
ロケット噴射で舞い上がる。
「!」
『殺界』第2段を放とうとしていたシアが焦っている。
・・本気で殺す気だったんだね、シア・・・
だが、高速機動する相手では、その技は放てまい。
おーおー、悔しげなシアの表情が見える。
その姿もどんどん小さくなるが。
む、こちらに手を向けたぞ?
「ATカノン!」
新たな技、どんな原理か知らないが、ピンポン球くらいのフィールドを打ち出してくる。
初速から、めちゃめちゃ速い。
ガインっ!! と結界が揺らされた。
いや、これ削られてる。
「むむむ・・」
つまり、直撃くらったらヤバイ。
僕は両手から噴出させていた過粒子の角度を変え、進行方向を変える。
1度目は避けたが、
ガインっ!!
時が経つに従って、
ガインっ!! ガインっ!!!
命中率が上がっていった。
ガインっ!! ガインっ!! ガインっ!! ガインっ!!
・・決して遅いわけでも、方向転換が緩やかなわけでもないのに。
「・・・先読みされてる?」
うわ、僕ってそんなに読みやすい性格をしてるのか?
「最大出力!!」
なら、読まれてもどうしようもなくすれば良いだけだね。
あっという間に、豆粒大に、点状に、果ては地形に紛れて見えなくなる。
流石にここまで来れば、範囲外だろう。
そして、シアにここまで速い飛行能力は無い。
空中戦は僕に有利だった。

「後は、ここで寝てればよし!っと」
僕は地球の丸さが実感できる高度で止まり、寝っころがった。
ふう、と満足のため息をつく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いままでのも、空で寝てればよかったんじゃ・・・・・・」
問題の根本的解決方法を思いついてしまった。
「まあ、いっか・・・・・」
どのみち今日で決着が付くのだ。
そのままスヤスヤ眠ろうとしたが、
「んー」
何か、引っかかった。
何かが気になる。
「んー?」
今朝からのシアの言動、何か違和感があるというか、こう、騙し絵を見させられてる気分というか。
そう、風景画や人物画で、他は何もおかしくないのに、ただ一点、違う箇所があって、僕がそれに気づいてない感覚・・・
とても気になる。とても落ち着かなくて、気分が悪い。
眠るどころじゃ無い。
「んんんーーーーー???」
新たな技、ATカノン、だっけ? それについてか?
「合ってるような合ってないような・・・」
芯を外してる気がした。
別の角度から考えねば。
・・・・ 
てーか、そもそも、あんな攻撃で『穴』を破壊できるか?
僕の『結界』を削ったことからも、その威力の程は保証済みだけど。
「うん?」
もっと考えようと寝返りをうった。
視界が下に向いた。
飛び上がってくるシアが見えた。
「なっ!」
ATフィールドを壁にして、斜めジャンプを繰り返してる!
「うっわ、はやー!」
流石、肉体派。
その筋力は並じゃない。
肉食獣が迫る。
「よっと」
言いながら牽制用+移動用に過粒子砲を放った。
カンッ! と音がして、簡単に弾かれた。
・・・当ったらどうしようとドキドキしてしまった。
これは心臓に悪い、もう、やめよう。
僕は巻きこまないように注意しながら、最大出力にした。
必然的にその移動先は横になる。
この構造は、小回りは効かないが最高速度は速いロケットだ。
そう簡単に・・・
「・・・・・・・・・・・・・・ロケットに、生身で追いついちゃうのは、どーだろう」
もはや生物では無いと思う。
飛び跳ねるのでは追いつかないと見たか、フィールドで『道』を作り、そこを駆け抜けてる。
ガガガガガガガガガ、ってフィールドを壊しながら。
「あるじ!! またぬか!!!」
結界越しに聞こえるとはとんでもない声量だ。
少し穴を開けて僕も言う。
「無茶言うな! 止まったら僕はシアの胃袋の中だろ!?」
「いまならば、5分の6にまけてやろう!!」
「それ全部以上!!」
「時間を置いて、それだけ喰う!!!」
喰いしん坊なやつめ。
「そんなん認められるか!」
「わたしの言うこと、何でも聞くと言った!!」
「あれは戦術! 情報操作は基本だろ!?」
「約束を守らないのは、リリン道に反するぞ!」
「人道って言え、人道って!」
「わたしは守らないから良いのだ!」
「あっ、ズルっ!」
「あるじが見本を見せないからだ!!」
言い合いながらも最高速で移動する。
僕はともかく、シアのATロードの軌跡はジェットコースターみたいにダイナミックだ。
「ゲーム開始は戦闘開始の合図だろ! その最中は何でもアリなの!」
「む! ならばわたしのこころの傷は、どうしてくれる!! したいことが色々とあったのだぞ」
「なら、一例挙げてみろ!」
「え、あるじに女装・・」
「却下だ! 大却下!!」
「何故だ!! きっと似合うぞ、間違いなく!!」
「知ってる! 以前、酔ったミサトさんに・・」
無理やりやらされて、と続けようとして気が付いた。
シアに『昔いた人間の話』はNGだ。
自分の自意識が無かった時代、僕が楽しんでたのが嫌であるらしい。
「・・・ミサトサンに・・?」
「あ、いや」
「ミサトサンに、の続きは何だ? あるじ!」
「えーと、その件は前向きに善処したく・・」
「その女に見せて、わたしに見せぬのはどういう了見だ! あるじ!!」
「だ、だからヤなんだって、一度したからこそ、もう二度としたくないのっ!!」
「わたしが見てない!!」
「し、仕方が無いだろ! いなかったんだから」
あっ、これもNG。『過去』『その場にいなかった』
「・・いや、まだ取り返せる・・・」
「あの、シアさん?」
「あるじ!! 勝利条件の変更を求める!! 昼、太陽の一番高い南中時、捕獲されたら、あるじは一日女装せよ!!」
「僕にメリットがないぞ、メリットが!」
「ま・さ・か、不満か? 不満があるのか? あ?」
「やらせて頂きます、はい」
視線で人は殺せるな、うん。
僕とシアの間が帯電した。
これは頑張らなければマズイ。
「「そうと決まれば!」」
僕とシアの声がユニゾンした。
シアの速度が倍加した。
まだ本気で無かったんだな。
僕は、片腕をぷちっ、と千切って投げる。
中間地点で1人と1つは接触した。
「むっ!!」
「『バルディエル』の『身体操作』!」
例によって、のびのびーる、指やら皮膚がシアに絡みつく。
「さらには」
「! これは」
そう、指先に簡易停止プラグ付き。
正確には、シアの神経と僕の神経を結び付け、乗っ取るだけのものだけど、ATフィールドはともかく身体面での自由の利かないシアには効果がある。
「じゃーねー!!!」
僕は急降下した。
「待て、あるじー!!」
シアも自由落下してるが、加速付きにはかなうまい。
じたばたもがいてるシアを後ろに、僕は地上へ真っ逆さま。
凄い勢いで地面が迫る。
噴射を停止し、右手、右足、左足を下に向けた。
「『ラミエル』の『過粒子砲』を『6連』!!」
手足それぞれから、2本ずつ噴射し、6本の光線でギリギリ墜落を阻止した。
「ふう」
着地。
汗を拭う。
ズドンっ!!!!
後ろでシアが墜落した。
モクモクと煙が上がってる。
「発っ!!」
さすが。スグに復活。

「あるじよ、謀ったな」
「なんのこと?」
あー、シア、埃まみれだ。今日は風呂を先にしよう。
「コレは」
左手の残骸を引き千切り。
「めちゃめちゃ、フィールドが薄いではないか!」
叩きつけた。
「それは騙されるほうが悪い」
僕に怒るのはスジ違い。
身体の攻撃=ATフィールドが効かない、という方程式は、あくまで同等の力がある場合。
そして、いくら肉体の一部とはいえ、コアから離れればフィールドが薄くなるのは必定。
例外はディラックの海を使った攻撃くらいだ。
見た目で、フィールドは効かないと誤解したシアが悪い。
「だが」
じゃり、とシアは足を踏み出し。
「最早、同じ手は通じん」
歯軋りしながらも、勝利を確信した表情で歩いてくる。
うーん、たしかにネタは切れてきた。
だが、
「シア、待った!」
「む?」
「訂正と確認があるんだけど、どっちを聞きたい?」
「・・・・・・・・・・・・・・ならば、訂正を」
「いや、残念だけど確認から先にしよう、『地の利』の有効性については覚えてる?」
不満そうながら答えてくれた。
「うむ、使徒には、あまり関係がないと思ったが・・」
「いやいや、ジオフロントしかり、ヤシマ作戦しかり、朝の『山消し』しかりで、まったく無関係とは言えないんだよ」
「・・・そうか・・」
不満さが増した。
「そして『謀った』って言ってたけど・・」
ニッコリ笑い。
「謀るのはこれからさ♪」
シアの足元の一部を、ブレードで切り裂いた。
シアは、僕の行動に戸惑った。
遅い。
記憶通り、そこはマンホール。
落下した。見開かれたシアの目も落下する、喋る暇は一言も無い。
陸上生物は、横からの動きに即応できても、縦の動きには反応が遅れる。
その隙をついた。
フィールドを足場にすればいいことに気づくのにも、時間がかかるだろう。
見えない状態なら、ATカノンとやらも精度が甘くなる。
その隙で充分だ。
僕は、余裕綽々で『穴』を通り抜けた。

「ふう、成功成功っと」
僕はニュ、っと『穴』から出た。
もと自宅(現廃墟)に腰掛け、空を仰ぎ見た。
「もうすぐ、太陽も一番高くなるなー」
あと、20分といった所か。
まあ、逃げ切れるだろう。
午前の光の中、小鳥も鳴き、とっても平和だ。
サードインパクト後、いろいろ変化はあるが、概ね地上の動植物は増加してる。
『こころに欠落を持つ』人類がいなくなったのだ。平和にもなるんだろう。
ただ、海の生き物は軒並み全滅した。海水の構成要素が変わった為だ。
その影響は地上にも飛び火するだろうが、今のところ大きな影響は無い。
バードウォッチングのために歩き出す。
実は、ここにも地下空洞をいくつか作ってある。シアも今度は警戒するだろうが、次は僕が落ちればいい。『見えなければ攻撃精度が下がる』のは、何もシアが落ちる時だけではない、僕が落ちた時だって、シアが見えないことには変わりない。そして、落下途中に『穴』を準備しとけば、そのまま移動も可能だ。
もともと移動手段が足しか無いシアに、僕は絶対的なアドバンテージがあるのだ。
「ふっふっふ、安眠だなー」
僕はもう勝利が決定してる気分だった。
実際、ここに来るまでにも時間がかかる。シアが見えた瞬間に、森に紛れて『移動』してもいいのだ。
大逆転の謀(はかりごと)が決まり、僕は絶好調だった。
「ふんふんふーん、ん? これは・・」
朝、シアが取り出したプログレッシブナイフ(原寸大)だった。
僕は今朝の出来事を思い出し、苦笑した。
「ったく、シアもどっからこんな物を取り出したんだ?」
コンコン、と叩く。
表面は意外とピカピカだ。
「・・・・・・・・・・・懐かしいな・・」
僕は過去の使徒戦を思い出していた。
鏡代わりにナイフを見てみる。
戦いの記録が、そこにあるような気がした。
映っているのは、僕の顔だけだったが、
そうして懐かしんでる顔が、
驚愕した。
(僕は、馬鹿だ!)
顔色が、段々と青白くなるのも分かった。
やっと、気が付いた。
あの、騙し絵の違和感!
そうだ『取り出し』たんだよ。プログレッシブナイフは直前まで、どこにも無かった。
じゃあ、『どっから』取り出した?
あの狭い小屋の中で、隠せる場所なんて無い、背中に隠すには大きすぎる、それ以前に、こんな巨大なものは入り口に入らない、密室凶器入手事件だ。
「・・・・・・よ、4次元ポケットでも持ってた?」
そんな訳ないのは自分でも分かってた。
それに酷似したものが現存することにも。
頭が冷静に、急速に回転する。

(そもそも、睡眠中、ディラックの海にシアが入り込めたのは何故?
ATカノンの初速が、あそこまで速かったのは何故?
僕に気がつかれず、音も閃光もなく山を消せたのは何故?
また、『穴』を素手やATカノンで破壊してたけど、そんなことはあり得ない。
なぜなら、碇シンジ版ディラックの海は、こころの『領域』の一部を使ったもの、『本体』は僕のこころの奥深くにある。アクセスするには現実との間に『傷』をつけて開通させる、つまり、あの『穴』は破壊跡だ、けっして『門』では無い。壊せば単に広がるだけ、あんなやり方、ATフィールドで破壊するやり方で消せやしない!
シアが『穴』に触ったのも、『ATカノン』を撃ったのも全部ブラフだ!!
そんなことをしなくても『穴』は消せたんだ!!!
つまり、つまり・・・・・・)

「つまりは、わたしもディラックの海を使えるようになったのだ」
後ろから抱きしめられた。朝と同じように。
「しかも、あるじと共有のな」
つまり、そういう事なのだ。
プログレッシブナイフを取り出せたのは、『ディラックの海』という巨大なポケットがあったから。
ATカノンの初速が速かったのは、『ディラックの海』の中で、あらかじめ加速したのを出したから。
山を無音で消せたのは、『ディラックの海』に呑み込んだから。
そして、不利なはずのゲームを企画したのも、『ディラックの海』があったから、確実に勝てる目算があったからだ。
朝から機嫌が良かったのも、その為なのだろう。
シアに、ゲームオーバーを宣告された。

僕が立っている為、シアが腹に抱きついてる状態のまま、解説をはじめた。
「あるじが睡眠中にいなくなり、なんとか同じ場所に行けないかと思ったのが始まりだった」
力ずくで座らせられる。
僕はおとなしくしていた。
「あの場所が、あるじのこころの中であることは、以前の経験から分かっていた。問題はその行き方だ」
シアが遠い目をする。
そう、それも問題だ。たとえ分かっても、簡単に入り込める筈が無い。
僕の『海』は、人類種が持っていた『集団無意識』の中に在る。リリン代表の僕が行けても、シアには難しい筈だ。
「わたしは『いつから』料理の手伝い始めたと思う?」
突然な質問をしてきた。
この問いは、前と関係無いようで、きっと関係がある筈だ。嫌な予感がビシビシした。
「さ、さあ、いつからだったかな」
「正解は、あるじがディラックの海で寝始めて暫くだ」
ヤな汗がだらだら流れた。
なんで、こんな事を言う?
どんな、関係が?
最悪な答えを予想してしまった。ハズレてくれ。
「消えてしまうなら追跡すればいい、わたしが考えたのは、この単純な計画だ」
片手でクローゼットを開け、女性服を選んでいる。
ヤな汗が2乗になった。
「追跡マーカーとしては、どこにあっても大丈夫なものが好ましかった」
ま、まさか? やっぱり?
シアは、恥ずかしそうに微笑んだ。
頬を染め、照れている表情は、見惚れてしまうほど可愛い、可愛いが!
「あるじは『美味しく喰べてくれると嬉しい』と言ってたな、その気持ち、少し、分かった」
「こ、このスプラッタ娘!!!!! 意味が違う!!!!!」
なんちゅう、『材料』を使ったんだ!?
そりゃ、マーカーとして使うのは最適かもしてないけど!
ああ、今朝の薄切り肉、昨日のシューマイ・・・・
シアは、ふふふ、と笑ってる。
「あるじの美味しそうな顔、至福であった。『わたし』を喰べてもらえてると思うとゾクゾクした」
もうヤダ、こんな生活。
つ、つまり、シアが僕を喰うのではなく、『僕』が『シアを』知らずに喰べてたワケか? 待ってくれ・・・・・
「そうして、マーカーを頼りに『あるじの空間』と現実を、開通させることに成功した」
そりゃ、自分同士なら引き合うわ。
僕も、喰った時に気がつけよなぁ
全身に脱力感が広がった。
「広大な無意識空間に作られた『私的空間』。そこをわたしと共有化させるのは、さほど難しくなかった。外と中を区別しているフィールドを、わたしのと同調させるだけだ」
意外とそれが難しいんだが。
「これによって、わたしとあるじの心も一部も共有化された。これはシンクロし続けているのと同じだ。・・・わたしとしては『喰事』の効果も確信しているが・・」
「ちょっと待て」
「あるじも、わたしの居場所が『なんとなく』分かるな?」
「・・・シアのフィールドを感知してただけじゃ?」
「わたしの考えを『なんとなく』読めるだろう?」
「前々から分かりすぎる程だったからなぁ」
「直後の相手の行動が読めるな!?」
「舌先三寸で相手をコントロールするのが、僕の基本」
「むむむむむっ」
僕は納得した。
「そっか、僕が持ってたスキルを、フィールドの同調を介して、シアも一部使えるようになったってことか!」
「ち、違う! それではわたしがズルしたみたいではないか!!」
「ズルもなにも事実だろ?」
「そんなことは無い! わたしは正々堂々とあるじに勝ったのだ!」
「そうかなー?」
「そうだ! だから、あるじよ」
一揃い、上から下から下着まで。
「約束は、守るだろう?」
僕は真面目な顔で言う。
「・・・勝利条件の確認・・」
「む?」
「『南中時点』で、『拘束』されてれば僕の負け、南中『までに』じゃないんだ。後は初めに『決めた通り』、でよかったよね?」
「? うむ。その通り・・?」
僕はニヤリと笑う。
「なら、僕の勝ち!」
シアが口を開く。
「『まいった』」
僕は、その声を直接、聞いた。

「な!? な!!!?」
かってに動いた口、自由にならない身体に焦るシア。
タネは単純、今朝、シアの首筋にキスした時点で、その延髄奥深くに刺さしておいたのだ。
『身体操作』の応用、『簡易停止プラグ』を。いや、今では『簡易ダミープラグ』か。
僕は自由になる。
「駄目だなシア。勝つには最初と最後が一番重要。僕の手の内はほとんど分かっているんだから、尚更、注意しなきゃいけないだろ、ましてや、僕から目を離すなんてもっての他」
「くっ、卑怯だぞ! あるじ」
「人に、妙なもの喰わせといて、何を言うかな・・」
シアの首筋にある『ダミープラグ』を抜きながら言った。
僕の指先から神経を伸ばして繋げてた、先ほどの会話時間は、この『接続』のために必要だった。
「だが、美味しかったのだな? あるじは確かに、そう言っていた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のーこめんと・・・」
これ以上、性癖が悪化されても、僕が感化されても困る。
純粋に料理として言えば・・・・・、いやいやいや、やめよう。
けど、今回はヤバかった。
人道的にもヤバかったけど、シアが自分の身体をチェックしてたら、終わってた。
「では、あるじよ、せめて化粧を!」
「ダ・メ!」
とはいえ、『ディラックの海共有化』『僕へのマーカー喰わせ』以外では、ぽこぽこ僕側の罠にハマってたし、ヒントを与えすぎてもいた、語誘導でないヒントは僕に利するだけだし、シア側をピンチにする。結局は成長したとは言え、ミス多し、ってところか。
「あと、シア、今日から独りでの料理と、仕入先の分からない食材の調理は禁止ね」
「なっ、それだけは勘弁してくれ! 喰べても駄目、喰べられても駄目では、わたしはどうすれば良いのだ!?」
シアは『今日から無期限に絶食』と言われたかのような顔だ。
「・・・どうもするな・・・・」
ため息を吐いた。
・・・・三つ子の魂百まで、もう、成ってるかも・・・・・
しかも、喰うだけでなく、喰わせる方も目覚めた。
この子のこと、怖いと思ったのは、はじめてかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかして、これから、もっと『成長』しちゃうのか?