しばらく歩いた後、周囲の人数が減っていった。

いつの間にか、二人を囲むように、身なりの怪しい男たちが並び歩いていたのだ。

ある男は決意を漲らせ、ある男は卑下た笑みを浮かべていた。

共通するのは歩調を合わせた行進と、殺気立った雰囲気だ。

その殺伐とした空気のために、他の人間が同じ道を通るのを避けていた。

「…………」
 アーチャー
土方歳三は左右に目をやる。

誰も彼も見覚えのある姿だった。

(尊王攘夷派の志士か……)
            
 真アサシン
現在、捕らえている古高俊太郎を取り戻すための行動だろう、局長と副長を拉致すれば充分な取引材料となる。

「…………」

「…………」

二人とも、何も言わずに歩き続けた。

もうすぐ開けた野原につく。

いずれにしても行動を起こすのは着いてからになるだろう。

そう推測したのだ。

ここで闘えば無用な死者がでる。下手なことはできなかった。

二人は黙って、大人数を引き連れる。

むろん、彼らは捕らえられるつもりも負けるつもりも毛頭なかった。


――野原についた途端、志士たちは二人を円形に囲んだ。

同時にものも言わずに抜刀する。

殺気は、これ以上なく膨れ上がっていた。

「ふん」

アーチャーは鼻で笑った。

この程度の人数で、新撰組の局長と副長をどうにかしようとする、その心算を小賢しく思ったのだ。

志士の数は二十名。腕もそこそこはあるようだが、それでも足りない。

「そちらの失策だな」

言いながら抜刀する。

口は皮肉気に歪められていた。

「せめて倍の人数を引き連れてくるべきだ。質量ともに、この程度で勝とうなど、思い上がりも甚だしい」

二刀、しかも幅の太い特殊な小太刀だった。

刀と言うよりも、鉈と表現した方が正確であったのかもしれない。

正道からはほど遠い邪道の剣だが、周囲の志士たちは黙ってその円周を広げた。
アーチャー
土方の持つ二刀の恐ろしさは、誰よりも彼らが知っていたのだ。

「…………」
        
バーサーカー
新撰組局長、近藤勇は黙したまま、刀を取る。

斬馬刀と呼ばれる、規格外に巨大で無骨な刀だ。

その名の通り、戦場で馬を斬るために作られた刀だった。

常人が持てば引きずるほどの長さだが、バーサーカーが手にすると、むしろ丁度良い比率だ。

無造作に構える姿勢が、とても様になっている。

立ち姿は威圧感が滲み、無視することも、怯まずに相対することも不可能な気迫に満ちていた。

新撰組局長は、赤い目で志士たちを睥睨していた。



――志士の一人が、進み出る。

緊張した面持ちで、いまさらの質問をした。
         
バーサーカー    アーチャー
「新撰組隊長の近藤に、副長の土方だな?」

「…………」

「…………」

ふたりとも、黙したまま答えない。

すり足で近づく志士たちだけに、注意を向けていた。
  
真アサシン
「古高俊太郎を、捕らえているな」

「……答える必要があるのか?」

アーチャーが静かに返答した。

ここまでの大人数を率いて志士が囲んだのだ、どちらにせよ、無事に済むはずはなかった。

「……いいや、ないだろうな」

「ふん、なにを答えても同じ結論。ならば、さっさとかかってきたらどうだ」

剣で志士たちを示しながら、嘲るように続けた。

「それとも勤王の志士とやらは、これだけの徒党を組んでもなお、惰弱を払拭しきれない臆病者か?」

「!」

「もし、そうであるなら、新撰組に来るがいい。その性根、叩き直してくれよう」

怒気が完全に膨れ上がった。

誇りを完全に否定したその言葉に、敵側の誰もが激怒した。

「お、おおおおおおっ!!!!!」

志士たちは、突進してきた。

その顔に理性はない。

若い、特に血の気の多そうな志士が、まず最初に襲い掛かってきた。

「ハっ!!」

下段から斬り上げようとしたその敵を、アーチャーは一刀の下に叩き斬った。

余裕の表情、どころか、策に引っかかったことを喜ぶ、会心の笑みであった。

斬撃は志士の刀と躰とを同時に切り裂いた。

二つに分割されながら、敵は後方へと吹き飛ぶ。

地面に叩きつけられ、上半身と下半身とで別の方向をさしながら転がった。

「繰り返そう」

二刀を降ろした、独特の構えをしながら言った。

「貴様らでは、私たちに勝利することは敵わない」

十人以上が猟犬の獰猛さで襲い掛かってきた。

統率がとれていないからこそ次手の予想がつかない、原始のままの凶暴さだ。

奇声を上げ、もう目の前まで走り込んできている。

集団で襲い来る様は、人間で出来た壁のようだ。

アーチャーは、その壁へと冷淡に告げた。

「丁度いい、技の錬度を試させてもらおう。これこそ我が奥技――」



――『無限の剣勢』――



防御もなにも無かった。

刀は叩き折られ、避ける動きはとても間に合わない。

十人全員の首、足、手、刀を同時に切り裂かれた。

アーチャーの前に血風に満ちた空間が出現する。

一瞬の攻撃であったにも関わらず、分割された部位は中空で更に二つに分かたれた。分割は一度では終らず、更に更にと繰り返される。

彼が背後へと身を翻した時には、人の形をしたものはなかった。

志士たちは、物言わない血肉だけの存在となり、崩れ落ちる。

断末魔さえ上げることが出来ない絶刀だった。

血が地面にも中空にも満ち、アーチャーの姿を赤く覆っていた。

その顔は、非常につまらなさそうだった。





敵が作り出す円のもう半分、そこではアーチャー以上に絶望的な光景が広がっていた。

むろん、この場合は志士たちにとってだ。

「くそっ、なんでだ!」

「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!!」

「化け物か、新撰組は!」

彼らは思い思いにバーサーカーを斬っていた。

そう、斬りつづけていた。

八人がかりで、途切れることなく。四方八方から容赦なく。

ここでは、鍛冶場で鉄を鍛えているような音が響いていた。

異なるのは大鎚の代わりに真剣を用い、鋼の代わりに肉体が叩かれていることだ。

全ての斬撃は、バーサーカーの肌一枚で弾かれていた。

心気を整え、丹田から気を循環させ、極限まで肉体を硬化させる、いわゆる、硬気功と呼ばれるものだった。

生半可な剣は通用しない。

ただ黙って立っているだけであるのに、バーサーカーは志士たちを圧倒していた。

黙して立つその姿は、不動像さえ連想させた。

「…………」

局長が斬馬刀を持ち上げた。

片手で軽々と持ち上げる様は、それが軽石で出来ているかのようだ。

剣撃が止まる。志士たちの足が後ろに下がった。

攻撃がまるで通用しなかった相手だ。

それが動いたとなれば絶望以外にはあり得ない。

矜持も常識も砕かれ、この上、命までも落としたくないというのは、ごく自然な発想だった。

しかし、逃げ出すよりも先に――



「■■■■■ー!!!!」



爆音の雄叫びが、彼らの心を破砕させた。

恐怖も折れそうな誇りも己を叱咤する理性も、なにもかも、一切合財消し去った。

その間隙に、バーサーカーの一撃は振り下ろされた。

雄叫びの残響を、極大の破音が吹き飛ばす。

今度は正真正銘の爆発だ。

斬馬刀の一撃が大地を穿ち、彼の身長に倍する土砂柱を作りだしていた。

地面に火薬を大量に詰め込み、着火させたような有様だ。

土砂が上から終わることなく降り注ぎ、粉塵が辺りを覆う。

数十秒の時間が経ち、土煙が晴れた時には、人数が三人ばかり数を減っていた。

ただの一撃で『消し飛んだ』のだ。

肉片すら残らず、人としての名残りは、穿たれた穴にへばり付いている真紅の滲みだけだ。

とても刀による所業とは思えない。

他の志士は、硬直したまま、何もできなかった。

心が麻痺していた。

目の前の出来事を現実であると理解できていない。

所詮は同じ人間と侮っていた相手が、実は魔物であると証明された心持ちであった。

ゆっくりと、神話の巨人のように立ち上がりながら、局長はぽつりと呟いた。

「去ね」

明確な宣言だった。

言葉は一拍遅れて伝わった。

次々と、次々と、志士たちは恥も外聞もなく、算を乱して逃げ出した。

遠くの者ほど、大きな悲鳴を上げていた。

いまになって恐怖が襲ってきてたのだ。

「相変わらず、ですね」

背後からアーチャーが、刀を振り、血糊を飛ばしながら言った。

「……甘い、か」

「ええ、ここで禍根を断たねば、同じ事が繰り返される。彼らはより強い復讐心を胸に、いずれ私たちの所へと戻って来るでしょう」

アーチャーは、もう点だけの姿になった志士を見ながら言った。

だが、バーサーカーは明瞭に否定した。

「違うな」

「何故です?」

「一度、恐怖心を植え付けた人間は脆い、既に我々の敵ではない」

アーチャーは言外の意味も汲み取った。

「なるほど、そして、彼らは喧伝をしてくれる」

「ああ、新撰組の恐ろしさを、誇張をたっぷりと乗せてな」

恐怖心は人を臆病にさせる。

腰が引けた者の振るう刀など、誰一人として傷つけることが出来ない。

「戦う前に勝つ、か」

「…………」

厳つい体つきのために誤解されやすいが、彼は意外なほどに策略家であり、細やかな心配りのできる男だった。

局長は答えないまま、己の躰を見下ろした。

「あ」

「…………」

その服はボロボロだった。

とても藩主に会いに行く服装ではない。

「困りましたね」

「ああ」

一向に困った様子を見せないまま、局長は襤褸切れとなった服装を、なんとか普通に見える努力をしていた。

しばらくの後、それを諦め、重々しく言う。
アーチャー
「土方」

「はい」

「お前、一人で藩主へ会いに行け」

「え?」

「ことは急を要する内容だ。出来る限り早く報告をせねばならない」
                
真アサシン
報告の内容は、捕まえた古高俊太郎から得たものだった。

曰く、「京都に火を放ち、天皇を拉致する計画がある」

恐るべき計画であり、断固として阻止せねばならないものだった。

しかし――

「私は直接、藩主にお会いしたことはありません。初見で会っていただける可能性は低いと思います。また、ことが重大であるだけに、局長が報告しなければ信用を得られないでしょう」

「それでも、だ」

半ば切り裂かれた袖を、面倒臭くなったのか、完全に分離させながら言った。

「我々は敵方が何人いるか把握できなかった。相手が用心棒を雇ったという噂も耳にした。出来る限り戦力は必要だ」

本当に急ぐのならば、なぜ呑気に試合見学などをしていたのだ? その言葉を彼はどうにか飲み込んだ。

局長が藩主を苦手としている、会う前後は必ず気難しい顔をしている。その噂も頭から振り落とす。

色々なものを圧殺しながら、なんとか返答した。

「分かりました」

「着替え、なるべく早くそちら向かう」

「……お願いします」

(返事が、やけにうれしそうなのは、私だけの錯覚か……?)

疑念を抱えながら、アーチャーは会津藩へと向かった。