「あるじ」
ごろごろとシアが甘えてくる。
あれ以来、どこかしら敵意のあったシアの態度が軟化し、子どものように甘えてくれるようになった。
それはそれでいいのだけれど。
「コラ」
「む」
少しでも隙を見せると、今のように喰いついてくる。
注意をすれば止めるのだが、とても不満そうだ。
「よいではないか、どうせあるじは再生するのだ。けちけちするな」
「問題が違うって。そもそも、こんなことはしちゃいけないんだ」
「? 何故だ? リリンの中にはそういう者達もいると聞いているが?」
「いや、それはそうなんだけどね……」
「べつだん、他のリリンをどうしても喰べたいわけでも無い、ちょっと『味見』をしたい程度のものだ」
「味見って、僕は食材か……?」
「無論、違う」
「うん」
「高級デザートだ」



残るもの 残されるもの

平凡な一日・EOE(朝)




朝、僕は日の出と共に起きる。
森の空気が心地よかった。
高原特有の静謐で涼やかな空気が、開かれた窓から存分に入る。
たまに虫や動物も入り込むのが難点だけど、それもまた味だ。
上半身だけ、ベッドの上で起こさせる。
ボーっ、とした頭を起動しようと試みた。ヘタをするとそのままダウンしてしまいそうだった。
実際、シアが来る前にはもっと自堕落な生活を送っていた。
世話をす相手がいるからこそ、早く起きれるのかもしれない。
光線は闇を切り取り、風は床の微細なホコリの動きを示していた。
セミは相変わらず朝から元気だ。
湿気を纏った空気が、ゆっくりと僕の部屋に侵入する。
「はあ〜」
大きくひとつアクビ。
ボリボリと頭を掻く。
起きる。
朝食の支度をしなければ。
シアは、まだ寝ているだろう、昨日はあれから舌戦が繰り広げられた。最終的にはシアのふて寝で終わったが、その時間はかなり遅かった。
おそらく、いつもよりも起こすのに苦労することになるだろう。
寝巻きを脱ぎ、私服に着替える。
上は白シャツに下はジーンズ。いつもと同じ格好だ。気分によっては制服を着ることもある。
僕はスッキリとしない頭を抱えながら外に出た。
太陽がさんさんと降り注ぎ、スリッパが草木の上を通り過ぎる。
憂鬱な気持ちが湧き起こった。
井戸汲みのポンプから水を汲み取り、顔を洗う準備をする。この水が不倶戴天の敵のように冷たいのだ。
水面上には冷気が漂っている気さえする。
「あー、やだなー」
一言呟いて、思い切って水を顔に叩きつける。
絶対にココの地下には氷の塊があると思う。手も顔もATフィールドで防護したくなる程だ。
「ふう」
ブルっと身体が震えた。
『ディラックの海』からタオルを取り出し、顔を拭く。
刺激的ではあるけれど、間違いなく眼は覚める。
続いて歯を磨く。
今の僕にとっては全く意味の無い行為だけれど、なんとなく習慣でしてしまう。
過去との接点を少しでも持ちたいのかもしれない。
例えば、昔はこの歯磨き粉がどうしても好きになれなくて、こっそり中身を移し変えたこともあった。
子どもの無邪気な悪戯、もしくは実験心だと思うのだが、おじさんたちにはカンカンに怒られた。
さすがにジャムはまずかったんだろうな、と今になって思う。
そんな記憶が、この習慣を続けさせている。
怒られた記憶。
つらい記憶。
悲しい記憶だって、『存在しない』よりはずっといいのだから……


――ノスタルジーに浸っていた僕は、後ろからの気配に気がつくのが遅れた。


/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/


起きる。
長い髪はぼさぼさに撥ねているのが分かった。
ぱすん、と枕に不時着する。
「むうう」
眠い。
とてつもなく眠かった。
わたしは早起きが苦手だった。
なんというか、このいかにもアサっ! という雰囲気はどうもだめだ。
あるじが平気な顔をして起床し、あまつさえ朝食まで作るのは神の領域にあるとしか思えない。
まったく、あの太陽とかいう迷惑な光は何なのだ? 少しは他人の迷惑というものも考えるべきだ、わたしは基本的に夜行性なのだから、もう少し暗くても一向に構わない。それが出来ないというのなら、電燈のように何段階かに調節できるようにするべきだ。
本当に、気が利かないことこの上ない。
いろいろと太陽への呪詛を吐きながら、枕に沈み込む。
髪が邪魔だが大きく深呼吸。
わたしを包むは、寝汗で湿っているとはいえ、ふっかふかなふとん。
どちらも天気の時に干されているので、良いにおいがする。
あったかい、おひさまの、におい。
「…………ふふふふ」
なんか、しあわせだ。
このしあわせを手放して下界を歩く?
考慮の余地もないほど却下だ。
わたしはごろごろ転がってみた。
ふとんをぎゅうっと抱きしめてみる。
何の意味も無くまくらに噛みついてみる。
「ん〜」
そうしているうちに頭は冴えてくるのだが、それでも起きる気にはなれなかった。
湿っていない、ふかふかな部分を見つけるたびに幸福感に酔った。
きっと、このふとんの中身は羽毛や綿などではなく別種の素材が混じっているのだろう、そうでなければ絶対におかしい、こんなに『ふわふわ』で『ぬくぬく』なのだ、夢の素材が配合されているはずだ。
なかなか起きられないのも、そのせいだ、うむ。
わたしの薄く開けた瞳に、光景が映った。
窓の外。
あるじが顔を洗っている。
身震いしながらタオルで水滴を拭いていた。
「む」
昨夜のことが思い出される。
あるじは頑迷にも『わたしへの喰料調達』を拒否したのだ。
許しがたい罪悪だ。
わたしのことを大切だ、などと言っていたくせに真逆の行動をするとは約束破りだ。
「むう」
おしおきせねば。
わたしはふとんを抜け出し、下界へ降りることにする。
最初は右手を、次に頭をすり抜けさせ、右足を床に着く。木の感触がひんやりとしていて心地よかった。
残りの左手、左足も引っ張り出し、四つんばいで音を立てないようにしながら窓枠へと近づいた。
きしり、と床が鳴るたびに動きを止め、様子を見る。
へたに二本足で気配を消すよりも、この方が何故かやり易かった。
長い髪が床をこする。
身体にまとわりついて鬱陶しい。
そおっ、と窓枠の端から覗き込む。
あるじは、しゃこしゃこと歯を磨いていた。
窓を開ける。
苦手な朝の空気と光りが、わたしの部屋へと入り込んだ。
この陽光の下に出るかと思うと憂鬱だが、我慢して開け放つ。当然、音は出さない。
ベッドの時と同じ要領で地面に下りた。
しっとりとした土の感触、これはけっこう好きだ。
草のこそばゆい感じ、小石がゴツゴツしてるのもなかなかいい。室内だと起伏が少なく、物足りないのだ。
歩く。変わらず四つんばいで慎重に。
昨日、友達になった猫の動きを参考にしながら、手足を動かす。
あるじの背中が大きくなった。
隙だらけで放心、というよりも呆けた様子で歯磨きしていた。
心臓が、大きくなる。
右肘だけが真横をせわしく動き、左手に体重を預けていた。
緑のきつい匂い、風の目覚める音、真新しい水の雰囲気。
光りを反射している、あるじのシャツ。
小屋の、朝の日常的な風景。しかし、とても新鮮に見えた。
それはあるじの髪の寝癖だったり、わたしが見たことの無い隙だらけな雰囲気だったり、ぽりぽりと後頭部を掻く様子だったりするのだろう。
――どきどき、した。
わたしが見てるのに、気がついて無いのだ。その感覚が肺の奥をくすぐられてるような、こそばゆい気持ちにさせた。
笑いの素のようなものが湧き上がる。
つばを呑み込む。
獲物を捕らえる気持ちで、さらに歩を進めた。
……ここは何をするべきだろうか?
手足を移動させながら考えた。
やはり基本の「わっ!」だろうか? それとも「だーれだ」というのも良いかもしれない。
むろん、その後はそのまま『朝喰』に突入するのだ。
あるじがコップを持った。
うがいをしてる。
流しに吐き出し。
口を拭き。
「ん?」
振り向いた。
わたしは『後からやれと言われても不可能な速度』で移動した。
あるじの後頭部の回転を見ながら、四本の手足で身体を移動させる。
もちろん、無音でだ。
視界という攻撃範囲を避けれたかは、判別がつかない。
少なくとも目が合うことはなかった。
左手の雑木林に突っ込んだ。
空中で回転しながら、着地。息を潜める。
胸で太鼓が鳴っていた。
心臓が皮膚を、骨を激しく叩いていた。
緊張すると、こうなるのだな……
(あ、あぶなかった)
木陰に身を潜めながら一息ついた。
手が震えてた。
いたずらの見つかりそうな子どもの心境とは、このようなものだろうか?
深呼吸ひとつ。
大丈夫、ばれてないばれてない。自分に言い聞かせて再び覗き見る。
あるじは不思議そうに首を傾げて、コップを手に取っていた。
よしっ、回避成功だ。
最悪、覗き込んだら目の前にいる事態も想定していたので、少しうれしい。
(さて)
考える。
(これからどうしようか)
意外と手詰まりだ。
もう一度、足音を潜めて接近する気にはなれない。偶然とは思えなかった。気配を感じることができるのだろう。
ATフィールドを応用したものは感知されるから駄目だ。
遠くから声をかけるのは面白みに欠ける。
(むむ)
こう、すりりんぐで、えきさいてぃんぐなものは……
樹の幹に身体を預け、腕組みしながら思考する。
ふと目を上げる。
家庭菜園が目に入った。


/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/・/


シアが後ろから迫っているのには気づいてた。
近づく様子も分かった。
まあ、ここまで接近を許したのは僕の油断だ。
シア、つばを呑み込む音は意外と響くんだよー。
僕は知らないフリをしながら歯を磨いてた。
どんなことをする気か知らないけど、少しくらいの意地悪は許されるだろう。
「ん?」
少し、わざとらしかっただろうか?
心持ちゆっくりと振り返った。
同時に、林方面からガサリと葉っぱの鳴る音がした。
その姿を見ることはできなかった。
なかなかの瞬発力だ。
音には気がつかないフリをしつつ元の体勢に戻り、首なんか傾げながらコップを手に取った。
うがいをする。
空を見上げながらも注意は怠らない。
シアの気配は動かなかった。
続いて鏡を見ながら寝癖を直す、ひそかに様子を見るのも忘れない。
鏡の位置を微妙に変えながら観察した。
あ、髪の毛発見。
枝に特徴のある蒼銀が一本だけ引っ掛かっていた。
あの辺りか。
更に詳細に観察した。
特に動きは無いようだった。
(諦めたのかな?)
面白そうなことに関しては、結構ねばるかと思ったのだけど、意外とカンがいいのかもしれない。
少し残念な気持ちを抱えつつタオルをしまい、残った水を流した。
自然に見える演技をしながら、元来た入り口へと引き返す。
口笛を吹いたり、スキップしたりせず、ごく普通に2足歩行した。
肩が僅かに緊張していた。
呼吸は普段よりも僅かに遅い。
僕も、まだまだだ。精進が足りない。
歩く途中でシアの予想潜伏地点を通りすぎた。
――――なにも起こらなかった。
ドキドキしながら待っていた僕が少しバカみたいだ。
少しガッカリしつつ、開いたままのシアの窓を閉める。
部屋の中からは、まだ夜の、眠りの匂いがした。
……ひょっとしてシアは寝巻きのままなのだろうか?
ふと思う。
靴も履いてないようだし、その格好と素足のままで外に出たのか?
膝まである大きなシャツ。
それを着た肉食獣の姿がイメージできた。
野生のまま駆け回って、汚れなんか気にすることもない。
「あー、っと」
引き返した。
それは放置しておけない、洗うのは誰だと思ってるんだ。部屋に上がる前に足も拭かなきゃいけない。
あまりウルサイことは言いたくないが、土のついた足でペタペタ室内を歩き回るのは勘弁してほしい。
僕は追いかける為に感覚を広げた。
木の葉の擦れる音、虫の顎の音、樹木が水を啜る音、花弁が大地に着地する音に混じり。
……うめき声が、聞こえた。

――シアの声だ。

足元にある地面を爆発させた。
全力で走る。
雑木林を突っ切り、柵を破壊し、湖を越えて疾走した。
「シア!!」
姿が見えた。
四肢をだらしなく投げ出し、首元から胸にかけては真っ赤に染まっていた。
あの、赤い、ものは……
顔から血が引く音を聞いた。
ズキリ、と胸を刺された。
「シア!!!!!」
嘘だろ? 誰に!? シアが!!?
千に乱れる感情を押し殺そうとする、シアが怪我をしている、その事実は予想以上にダメージが大きかった。
冷静さが、凄い勢いで吹き飛んで行くのが分かる。
シアが? シアが? シアが? シアが!?
単語しか出てこない、その先の文章に繋げられない。
できっこない!
それは全て『悪い未来』にしか繋がってないのだ。
僕はただ一直線にシアへと走った。
慣性を殺しながらシアの傍へ辿り着いた。
地面に手をつく。
傷を確かめる。
毒物の可能性もあるがまず傷口だ。最悪、コアが傷ついてる可能性さえある。
冷静になれ。
沸騰する意識に無理やりその単語を詰め込む。
シャツをめくって確かめようとした。
そして、
「へ?」
満面の笑みを浮かべるシアと目が合った。

「な、なななななななな?」
何で? 何故?
簡単な単語が言葉に出来ない。
この匂いは。
「シ、シア!?」
「うむ、トマトだな」
真っ赤なものの原材料はトマトだった。
シアは両手両足で僕にしがみ付きながら、真っ白な歯を僕に見せてた。
傷なんて、ひとつもありはしない。
「こ、このイタズラっ子……」
なんだか体中の力が抜けた。
ペタンと、その場に座り込む。
「ふふ、あるじ、ひっかかった」
語尾には音符もついていたかもしれない。
顔を擦り付けながらもシアは嬉しそうだ。
鼻息が首筋にかかってこそばゆい。
軽めにキスなんかもしてくる。
「あー、もー、シア、なにがそんなに嬉しいんだよ。ホント、コアが停止するかと思ったよ」
「ん?」
ちょこん、と小首を傾げたりする。
ちくしょう、かわいい。
いまだ沸騰気味な頭はなかなか通常に戻らない。
「そうだな、あるじがわたしのいたずらにひっかっかったこともあるが……」
口もとが優しい笑みを形作った。
「本気で心配してくれたのが嬉しい、のだな、きっと」
「…………」
ちょっと後ろを振り返る。
なんていうか、爆弾が何個か落ちた跡、と言われれば納得できそうな有り様だ。
地面が抉れ、木々が千切れて爆散してた。
朝の平和な風景は、戦争映画へと様変わりしてた。
「あー……」
あまりの凄さに、ちょっと呆然とした。
言い訳できない光景だった。
「あるじ、心臓がものすごいぞ」
シアは、僕の胸にひっついてる。
確かに、いまでもドキドキしてた。
心臓はしばらく大人しくなりそうもない。
嬉しそうな様子を見ながら、僕は一応言った。
「シア、でもこんな嘘はもうつかないでくれよ、ホントに……」
「む、何故だ?」
「狼少年の話はしたよね」
「うむ」
「あれと同じように。もし、僕がシアの叫び声を聞いても信じなくなって、その時こそ本当に酷い目にあってたりしたらどうする? 大変だろ?」
「それはあり得ない」
「なんで?」
自信満々なその様子に、疑問を覚えた。
真っ直ぐな視線が、僕に注がれた。
シアは、嬉しそうで、それでいて自慢気だった。
「何百回、何万回騙されたとしても、わたしは必ず助けにゆく。だから、あるじもきっと助けてくれるはずだ」
「…………」
咄嗟に、答えられなかった。
それをしてしまう自分が、いとも簡単に想像できた。
毎朝同じことをされても、やっぱり、僕は同じ行動をとるだろう。
「そ、そんなことはないんじゃないかな?」
目を逸らしながら答えた。
「む、あるじよ、ちゃんと人の目を見て答えよ」
「――それはできないな」
「なぜだ?」
「わっ! コラ、よじ登るな!」
「こうしなければ、目を合せられないではないか」
「シア! 君には慎みってものはないのか!?」
「残念だが、まだ教えてもらっていないな。それよりもあるじよ、さっきの答えをきちんとしてほしい」
「もう、しただろ?」
「だめだな、ちゃんとわたしの目を見ながら、「シアを見捨てることもある」と答えるのだ」
「……断る」
シアの顔は、とても楽しそうだった。
足で僕の胴体をはさみながら、左右に逃げようとする僕の目を追っていた。
――僕がどう答えるかを知っている顔だ、コレは。
「こら、あるじ」
手で顔を挟まれた。
目が強制的に合わさる。
嘘をつけなくなる。
「……はあ」
「む、なぜ溜息などつく?」
「シア」
「うむ」
「凄く怖かった」
「…………」
「血まみれのシアを見た時、気が狂うかと思った」
「…………」
「だから、もう二度としないで欲しい。こんなこと、二度と経験したくないよ」
「…………」
そう、もしあの怪我が『本当』なら、僕はどうなっていただろうか。
考えたくもないし、想像もしたくなかった。
あの時の、内臓全部が吹き飛ばされ、大地がすべて消え去ったかのような恐怖。
自分の死よりも100倍は怖かった。
絶望なんて言葉じゃすまない。
地球が死に絶えるより重い。
そばに『犯人』がいたのなら、考えるよりも先に殺戮していただろう。
……シアは、なんだか驚いた顔をしていた。
「どした?」
見る間に赤くなっていた。
「そ、そうだな、あるじがそう言うのなら、そうする」
引っ付いた。
僕の顔を覆う感じだ。
照れ隠しなのは丸分かりだった。
体温はとても熱い。
「シア、重いぞ」
「そのようなことはない」
軽く噛み付いてくる。
喰うよりも、甘える感触。
「あるじ、失礼だ……」
ちょっと頬擦りなんかしてた。
「コラ、シア。君は動物か?」
「違うな」
「うん」
「恋人だ」
「却下」
「……あるじ、間髪いれずか」
「こんなイタズラばかりする子を恋人にしたら、大変に決まってるだろ?」
「むー、納得がいかないぞ」
「とりあえず、朝食にしようよ、いい加減にハラ減ったよ」
僕の話題転換に、あっさり乗った。
この空気が照れくさいって部分が、シアにもあるのかもしれない。
「うむ、そうだな。では、今朝の献立のリクエストをする」
「たぶん、却下だろうけど、言ってみて」
「あるじの生け作りを所望する」
「……それって、誰が作るんだよ」
「あるじの丸焼きでもいいな」
「そんなこと言ってると『シアの生け作り』とかにするぞ」
「それもいいな」
「……ちょっとは悩みなさい、お嬢さん」
まさか、即答されるとは思わなかった。
「夫婦で趣味を同じくするのは、悪いことではないだろう?」
「誰が夫婦だ、誰が。それと喰人が趣味の夫婦で終ってるでしょ、人間として」
「そうか? なかなかにいい趣味だと思うが」
ふと脳裏に、『今日は夫婦で焼肉っ!』という、意味不明な単語が思い浮かんだ。
「一日で終る夫婦だね、それは」
「わたしたちにしかできないのだな」
「限界に挑戦とか、世界に一人とか言葉にするとカッコいいけど、実際は変なだけなんだよなぁ」
「あるじ」
「ん?」
シアが、クルっと振り向いてた。
シャツの裾が広がる。
「ということで、早速、喰事にしよう」
「待て。いま発音がおかしかった。あと、食材を取りにいかせてよ」
「必要ないな、うむ」
「目を輝かせるんじゃない、コラ、引っ張るな……!」
「さあ、早く!」
「待て! というかシア、君が作るな!」
「久々の『りょうり』だな」
「絶対に食材が違うだろ、それ」
「いやいや」
「――」
「―?」
「!」
「♪」



――これが僕らの平均的な、『いつも通り』の朝だったりする。
――――ちょっと、勘弁して欲しい…………